2009年3月 2日 (月)

山陰に行く(日本の中国・・地方)

Dsc04352 出雲大社 仮本殿

3月にかけて国内旅行をした。

行先は、津和野、石見銀山、出雲大社、松江と島根県である。

Dsc04301 津和野駅

Dsc04317 津和野カトリック教会

Dsc04309 津和野風景

Dsc04372 松江城

その地は、38年も昔にめぐったがほとんど記憶から遠のいていた。

わずかにある記憶のうち廃線となったJR大社線の出雲大社駅は、

その威容をそのままに残していた。出雲大社も落ち着いたたたずまいで

あったが、あいにく平成25年の式年遷宮に向けて、80億円かけて

改築中であった。

津和野は落ち着いた中高年向きのSPOTがあり、それなりの

にぎわいを見せていたが、かつてほどのブームではないようだ。

しかも貸自転車でめぐる季節でもないようで、そんな姿はまるで

見当たらない。ただ温泉宿の露天風呂は塩化ナトリウム泉で

快適であった。

翌日、世界遺産石見銀山と巨大一年砂時計があるサンドミュージアム、

さらに出雲大社まではレンタカーでめぐり、最終日に松江城天守閣に登り

松江市内をレトロ観光バスでまわり、小泉八雲旧宅を眺めて締めくくった。

高速道路も中途半端な作りかけで途中で切れた自動車専用道路、

鉄道も単線のままで運行本数も制限され特急でも2両、各駅は1両もある

まるでバスのような鉄道状況に、地方の置かれた厳しさを改めて感じた

次第である。

驚いたことに、飛行機の東京便は、毎日3便で昼過ぎの便は280人乗り

エアバスは、ほぼ満席で羽田までの飛行時間はちょうど一時間。

瀬戸内山陽地方の新幹線までのアクセスが悪い分、移動時間が短い

飛行機はきわめて人気が高い。

東京まで高速バスで1万2千7百円、東京行き寝台特急という

選択肢もある。

選択肢は、さらに広島までバスで出る。岡山まで特急でいくなど

新幹線に乗り継ぐ方法は、時間と予算見合でまだいくつもある。

日本全体が不況で沈むなかで、地方の厳しさを殊更感じた旅行でも

あった。

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2008年10月 2日 (木)

マレーシアから中国へ

早朝、5:50起床。シャワーを浴びて、支度してチェックアウト。

6:35慌ただしく予約していたベンツリムジンで空港へ。135RM

出発して20分すると夜明けの朝焼けが東の空に輝く。

こちらの夜明けは7:00と遅い。

空港到着、チェックインして、コーヒーと朝食をとり出国審査を抜け

出発ロビーへ。入国同様の交通システムにてサテライト側のGATEへ。

待ち合わせの椅子がほとんど置いてない珍しいGATEだと驚いたら

手荷物検査、搭乗券のモギリのあとに5分ほどしか使わない待合室

が広がっていた。

50%程度の搭乗率で、マレー系、中国系、インド系の多彩な女性CAと

中国に較べ格段に数が多い気がする男性客室乗務員が搭乗していた。

マレーシア航空のやや古いA330機は、3時間40分かけて北北東に飛び、

定刻より20分も早く、珍しく晴れて眼下の視界がくっきりの広州市内側から

新白雲空港に到着した。

Dsc03118 KLIA(KL国際空港)出発口

Dsc03121 広州行きA330

Dsc03139 広州市内上空 眼下は蛇行する珠江

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マレーシア滞在4日目KLに向う

  Dsc02988_3一面のパームヤシ=高速パーキングにて

Sa_blue_mosque 東南アジア2位の規模BLUE MOSQUE全景

最終日首都KLへの移動となった。世界遺産マラッカ滞在3日間で在住している人
の車を使っての機動的な案内ですっかり休暇旅行を堪能できた。
朝、8:30前にチェックアウトして、マラッカの人の車でKLに移動。
一度みたかった山一面がパームヤシの景色を高速道路は突っ切り、KL方面へ
途中で、高速道路をKLの北に進路をとり、Shah AlamのBLUE MOSQUEを見学。
1982から作り始め、1988年完成。これは、BLUE MOSQUEでは、最新。
東南アジアにして第二位の大きさのモスク。(最大は、Istiqlal Mosque Indonesia)
世の中のBLUEMOSQUEと呼ばれるものは、イラン、トルコ、エジプト、アフガン、
アルメニア、マレーシアと6つあるらしい。このマレーシアのモスクは外観と内部の
ステンドグラスの見事さは息をのむ。(内部の撮影は厳禁)
見学後南下KLに向かい、チェックイン後、KL TOWERに昇りKLCC近くまで行き
食事後、市内をドライブして、再度北部のBATU CAVES(急勾配の階段、洞窟+
ヒンズー寺院)に向かう。そして再びKL市内の名所をめぐる。
そこで、マラッカ在住の方とはお別れした。
その後、6時過ぎ夜のKL繁華街で普通語が通じる全身と足裏マッサージ。
8時過ぎに屋台で多国籍の人々がひしめくテーブルで、ひとりタイガービールと
レタス炒め、どう見ても味もうどんにしか見えないラーメンと称するものを食べた。
酒のつまみのさかなの加工品のみやげを買った。
KLにして繁華街人ごみはとにかく多い。
外国人観光客とマッサージ呼び込みとポン引きが通りを埋める繁華街を抜けて
HOTELにもどった。
これにてマレーシアの4泊5日は、翌朝の中国行きの飛行機にのるだけとなった。

Dsc03033_2KL TWIN TOWER

Dsc03042_2 BATU CAVES(洞窟の奥にヒンズー寺院)

Dsc03083_2 夜の中国福建系屋台のMENU

Dsc03082_2 見渡す限りの人で外人が多い=屋台のにぎわい

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2008年9月30日 (火)

マラッカ最終日

朝食後、朝の散歩で一時間半ほど歩きまわり、その後車で迎えにきてもらい
オランダ広場の郵便局から絵葉書を出す。
その後、やや時間を置いて昼食は潮州肉骨茶。バクテーと呼ばれるもの、
土鍋ぐつぐつの豚肉これは、好き好きだがくせになる。B級グルメには最適。
どこでも行く、何でも食べる小生としては、実にいい感じだった。本土にはない。
昼食後、午後一番訪れたMINI MALAYSIAテーマパークは、何と終了が午後一時。
残念ながらわずかに間に合わず。入口で土産物を少し買う。
夕方まで、SHOPPING CENTERでのWINDOW SHOPPINGやらタイ式マッサージで
時間を過ごす。
そして夕刻から、中国系屋外レストランで食事をとった。
沢木耕太郎の「深夜特急」で語る世界三大夕陽のマラッカの夕陽は鑑賞ポイントは
聖パウロ教会がある小高い丘からがBEST。マラッカの中心、オランダ広場から
徒歩10分の距離。
1996年の大沢たかお主演ドラマ「深夜特急」でとりあげ、さらに有名になっている。
本日は、あいにくどんより曇っていたので夕陽は見ていない。
屋外レストランで食事するうちに陽は、とっぷりくれていった。
フェリーターミナル用に作られた見事にライトアップされた建物から、マラッカ海峡を
行き来する大型船の明かりを眺めた。
そして、旧市街やピンクにライトアップされた中華街を抜けHOTELに戻る。
明日は、朝出発でクワラルンプールである。

夕陽は、昨夜ポルトガル村の海辺で見たので、良しとしよう。朝陽もたっぷり見た。

Dsc02919 肉骨茶(豚肉)

Dsc02918_3 肉骨茶(セロリスープが美味)

Dsc02937 オタオタ(魚のすり身に甘辛味噌バナナの皮の包み焼)

Dsc02931 華僑系屋外レストラン(ニュートン)

Dsc02945 サテー(豚肉、鶏肉 焼き鳥風)

Dsc02948 マラッカ旧バスターミナル付近のライトアップ

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マラッカ滞在3日目朝

昨夜は、マラッカ在住の方の好意でポルトガル料理を食べる機会を得た。

ポルトガル人の末裔が住む地域は、街中からしばらく東の方向に車で

行った村にそのレストランはあった。

湾の波打ちぎわの屋外テーブルで、魚、蝦を中心に辛さ控え目で注文

した魚介類は、潮風吹き抜けるなかで絶妙の味で至福の食事となった。

その後、風吹き抜けるレストランでビールを飲み歓談しHOTELに戻る。

朝、MALAKA SULTANATE PALACE(宮殿博物館)の手前に広がる

公園が市民に公開されていたので、その周辺を一時間弱の散歩。

近くの丘のうえにはフランシスコザビエルの遺体が数か月安置されていた

聖パウロ教会がありそこまで登り、マラッカ海峡を眺める。

中国からはるばる来た甲斐があった、至福のとき。

Dsc02791 昨日午後プールで泳ぎ冷えたTIGER BEERを飲む

Dsc02890 聖パウロ教会の丘からマラッカ海峡を臨む

Dsc02860 マラッカスルタン宮殿前には見事な庭園が広がる

Dsc02825 マラッカスルタン宮殿博物館

続きを読む "マラッカ滞在3日目朝"

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2008年9月28日 (日)

マレーシアに行く

国慶節の休日を利用して、友人(かつての会社の同僚)の住むマラッカと
クアラルンプールを訪問する予定である。
実は、20数年前にボルネオ島サバ・サラワクのコタキナバルの仕事があったが、
身体の不調でキャンセルして以来、訪問のチャンスに恵まれなかった。
広州白雲空港を15:05定刻に出発したマレーシア航空MH377便は、大半が華僑と
マレー人を乗せ飛び立ち、4時間弱かけて18:48分クワラルンプールに到着した。
気候はほぼ同じだが若干暖かい。南国特有の開放的な気分にさせられる。
空港では、到着後サテライトから交通システムで、本館へ。
成田空港に似ているが、カーブありトンネルありの交通システム。
本館で出発と到着の人々が同一フロアで交錯するなか、エスカレーターで1Fの
入国審査に降り、預かり荷物の引き取り。
ほとんどチェックらしいチェックもないまま、出口で出迎えの友人と久々の対面。
英語も通じる中華圏とはいかがなものか?香港とは異なるそれでも大中華圏では
中国本土の影響はいかほどのものか?やはり、興味はつきない。
友人の出迎えの車で一路、マラッカを目指した。
世界遺産の街は一度、訪れてみたかったがちょうど良い機会であった。
夜9:00過ぎの街中は、世界遺産の町並みがライトアップされてムード満点であった。
年老いても身体に不安がなかったら住んでみたい気持ちとなるか、果たして現実は
どうだろう。
数日の滞在でなにが解るか?持ち前の興味と野次馬精神をもって見てみようと思う。
HOTEL CHECK INの後、開放的なレストランでビールとワンタン麺を食ししばし歓談。
周囲は華僑ばかり、マレー系はモスリムなので食事場所も違う。多民族国家ならでは
だと感心。折しもラマダン後半、モスリム系レストランは夜9時過ぎても大賑わい。
街中を散策してHOTELにもどる。
本日は、11:00で終了。

Dsc02653_2 閉店間際、華僑系レストラン

Dsc02654 ワンタン麺(本土よりおいしい)

Dsc02657自転車TAXI トライショー

Dsc02658_2 SHOPPING MALL

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2008年5月18日 (日)

雲南民族村

Yunnan_2 クリック拡大 雲南省

昆明出張最終日、午後1時過ぎ夕方までの飛行機の出発時間までの間
駆け足で民族村を見学。26の少数民族の生活をかい間見る。
なかでは少数民族ごとの文化、豊かな建物、服装、工芸品が見られた。
意識的にまもらなければ、漢民族の侵略に呑み込まれるのは歴史の必然。
ぜひ、民族の誇りをもって守っていってほしい。
快適な生活にはお金がかかる。自分で稼がなければそれは出来ない。
いずれお金のために大切なものが消えていき、もうそれは戻ってこない。
中国にいると、あまり日本で考えない民族という問題をまのあたりにする。
そして、弱者はいつもハンデを負うのが世の常。
物質文明というのは、麻薬なのだとつくづく思う。。

建物の華美なつくりに感動。反面、派手な民族衣装を纏い踊る。心境複雑。

Dsc01916

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2008年5月17日 (土)

昆明から石林へ

企業向け交換機代理店会議の屋外活動の視察で、世界自然遺産をまた
見ることが出来た。
一言では奇観というべきだろう。高さ20~30mの自然の石柱が林立していた。
あちこちで岩をくりぬいて、字を刻んだり、詩まで刻む感覚にはどうにも納得できない。
場所は、昆明の南東80kmの位置にそのみごとな景観がみえる。
典型的なカルスト台地らしい。石林につく直前の高速道路からも他の石林が見えた。
浸食、風化を繰り返し、この姿になったらしい。
約2億8千万年前のには海底だったところだという。
こんな素晴らしい景色を見ても本物の自然とあとで作った部分を探してしまう。
中国では目に見えるものですら、本物かまず疑ってかかる、疑心暗鬼という
心の病にかかっているようだ。中国本土5年目の単身赴任が私を変えたのだ。
まず疑ったが、ユネスコ世界遺産認定の景観に何を疑う必要があろうか?

大地震直後素晴らしい景観に、世界遺産好きの日本人のグループはいなかった。

China_map 中国の地図 雲南省位置確認

Dsc01857 見晴らし台からの眺め

Dsc01851 過去の地震で崩れたあとも生ナマしく

Dsc01869 猫が鼠を捕まえた形にみえる「猫石」

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2008年1月27日 (日)

静安寺

上海の街のどまんなかに静安寺というお寺がある。
上海人なら誰でも知っている有名なSPOTでもある。

Dsc03051 中央茶色が静安寺

=上海市旅遊事業管理委員会HPより
悠久の歴史を持つ著名な仏教寺院
静安寺は、悠久の歴史を持つ著名な仏教寺院である。
三国時代、呉の孫権によって建立され、唐代に「永泰禅寺」と改称され、
北宋時代に「静安寺」と名付けられた。
静安寺の精進料理も有名で、名物料理として茄子汁で味付けされた車海老、
青梅油揚げなどがある。
境内には、「赤鳥山門」「天王殿」「功徳殿」「方丈室」がある。
方丈室には、真言宗の壇場が新築され、厳かでしめやかである。
左側には、持松法師の念仏堂がある。
境内にある主な文物は、明代の洪武大鐘、南北朝時期の石彫刻の仏像、
雲漢昭回の石碑などである。
引用終わり=

大都市部の寺院は、すっかり近代政治に翻弄されて、現在は荘厳というより
お金をかけて外観が大変きらびやかになっている。
外観は綺麗だがなにやら有り難みに欠けたものとなっているように見える。
お金がなにより大切な人々には、寺での心のやすらぎより株価の動向のほうが
気になるようである。

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2007年12月31日 (月)

世界遺産ふたたび

Dsc01406 その名も「自力村」中央部

こんなニュースが2007年初夏にあった。

ニュージーランド・クライストチャーチで行われた第31回世界遺産委員会6月28日、
広東省の「開平望楼と村落」の世界遺産リストへの登録が認可された。
開平望楼の歴史は、明代末~清代初め(1920~30年代)までさかのぼる。
当時、帰国した大量の華僑により、多くの望楼が建てられ前代未聞の繁栄を迎えた。
望楼は多い時で3千カ所以上にのぼり、現在も全体で1833カ所が完全な形で保存されている。
開平望楼は1920年代から1930年代にかけて当地出身の華僑によって建てられた
西洋風建築群であり、水害の多い土地柄と当時の不安定な社会情勢を反映し、
安全性や防御性を兼ね備えた住居となっている。
  「人民網日本語版」2007年6月29日
この中国で35番目の世界遺産をぜひこの目で見たい。
そして8月の瀋陽以来今年2つ目の世界遺産を見られないだろうか?

そのニュースを見て以来、広州から車で2時間の地を訪問したいと考えていたが、
年末たまたまきっかけがあり、日帰りで行くことができた。
現実は、有料で公開しているのは4箇所で約10km周囲に村として点在している。
住居としては、小さな部屋が各階にありそれぞれ客間、主人の寝室、家族の寝室
と大家族でもPRIVATEな空間がとれるようになっている。
海の向こうで成功した華僑は、米国、カナダから当時に最新の浴槽とトイレを
持ち込むなど、豊かな生活をそのままに広東省の片田舎で立派な家を建てた。
各望楼では上の階から敵を攻撃できる銃口を備えており社会情勢は不安定であった
時代背景がよくわかる。
最上階の特等地には、先祖を祭る巨大な祭壇があり華僑の家族の繋がりがわかる。
実は、この開平に旧日本軍が1944年6月に侵攻している。
日本軍の兵隊は、広東省の田舎で豪華な家具や素晴らしい調度品に度肝を
抜かれたと記されている。
団体やグループの広東人に混じって日本人の多さには閉口した。

世界遺産大好き(私も一緒)の日本人の一面が顔を覗かせる。
日本のおっちゃんおばちゃんて、ホントどこでもおるやん。(と突然、なぜか関西弁)
驚きながら広東省で、5回目の正月に向って年がくれていく。

Dsc01424 自力村空撮全景

Dsc01431 映画村(左奥)周辺も実に趣がある

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2007年12月 7日 (金)

上海の街角で

上海の街角
会社の近くの南京西路から少し入った呉江路は食べ物屋が立ち並び、
食べ物のにおいが強烈に匂ってくるDEEPなところである。
このあたり人通りも多く、上海らしさを感じるところでもある。
より目立つように外観に工夫を凝らし、鳥やハムをぶら下げて食欲を
そそる。

Dsc01320_2

Dsc01322_2

店の外観は食事の目的にかなうかどうか理解できるように細々とかいてある。
しかも赤色黄色系の文字が踊るのが目障りなほどである。
すっかり初冬になり、街路樹も色づき落ち葉もとすっかり寒々としてきた。
そんななかをとおり足早に浦東方面の地下鉄駅に向かう。
街中を歩く人は、冬支度でしっかり着込んでいるようだ。
浦東では、100階を超えるような日系高層ビルももう一息で完成。

Dsc01323_2

林立するオフィスビル群は、中国の経済急成長の象徴であるかの威容を
誇っている。
夜になると浦東オフィスビル街の明かりは、中国にいることを忘れさせるほど
明るく照らし出しているのである。

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2007年11月19日 (月)

未来都市とそこに暮らす日本人

Photo_2

未来都市上海の街中の人民広場に隣接して
上海都市計画展示館がある。
過去に2度ほど見学したことがある。外観は一見何の変哲も
無い建物だが展示内容はなかなかすごい都市計画を紹介している。
中のある階では上海全体のジオラマがフロア一杯に拡がっていて、
スケールの大きな展示が目を引く。

Photo_3

新しい上海未来の上海を、見るにはなかなか面白いところである。
上海万博もあと開幕まで1000日を切り、建設工事も進んでいる。
更なる変貌を遂げていくことだろう。
政治的な配慮で上海には先ごろ、羽田-虹橋直行便が毎日飛ぶ
ようになった。
浦東空港と違って国内線主体の虹橋空港は上海の市街に近い。
なんとか無理をすれば日帰り出張が出来るところまで近づいてきた。
上海には、現在観光客以外に4万5千人からの日本人が生活しているという。
現地採用の日本人も非常に多い。
会社から給料のほかに5000US$の社宅を貸与される人から、300US$以下で
生活のすべて賄い、暮らすような人までいるらしい。
確かにまだ物価も安く、生活レベルをちょっと落とせば日本より格段に安く生活
することが可能であるがものすごい格差である。

プール付きテニスコート付き24H警備の快適なアパートもあれば、不潔なゴミが

散乱していてアパートの廊下を大きな鼠が走り回るところもある。

そんななかで中国語を学び国際感覚を身に付けたいといった、自分の歳を忘れて

寝言を吐く、バブル崩れの、齢40代に手が届く者までいるのが上海である。

日本の格差社会を逃れて、中国に来て中国での日本人格差社会に埋もれる
現実がある。

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2007年10月 2日 (火)

香港 LAMMA島

中国国慶節休日週間である。
小生、この12月で出向期間の丸4年が終わる。

この際、4年の刑期を香港で満喫したい
中国国慶節でにぎわう香港に10月1日に到着
今回は香港の離島に行ってみることにした
離島といっても穏やかな海をフェリーで西に移動すること30分
今回は、南Y島(LAMMA島)に向かう
LAMMA島の中央部湾に降り立ち、山道の遊歩道を北に向かう。
所要時間は大人の足で寄り道せずに歩いて1時間15分
休憩や写真撮影でロスタイムがあるうえ、途中食事までして
2時間半あまりかかった。
遊歩道は整備され、日本軍が立て篭もった「神風洞」
があった。日本が香港占領時に軍事基地にしていたようで
駐留していた日本軍は数千人。
特攻艇の人間魚雷まであったということで穏やかではない
第二次世界大戦までの日本はアジアのあちらこちらで
大東亜共栄圏を建設しようとした。随分おごった話である
欧米列強からアジアを解放しようとは、恐れ入った考えで
ある。
日本軍の過去の面影は、神風洞の説明文以外になく
静かな島では日本語がまるで聴こえてこない。
すれ違うのは香港人カップルも多いが、欧米のリタイアした
老夫婦連れがとにかく目立った

気分がいい一人ハイキングの一日だった
次の機会は別の島を訪れてみようと思う

Lamma_samll 島の中央から北へ遊歩道を進む

Dsc01181 索罟灣(島中央部湾)

Dsc01204 遊歩道の案内はこんなに親切

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2007年8月20日 (月)

夏休み紀行=遼寧省瀋陽=その2

東北・瀋陽旅行の最終日、朝9:00HOTEL発で今回の目的の
メインであった蘇家屯に向かう。
父親が青春時代3年間居たという地である。
奉天にほど近い、南満州鉄道 蘇家屯貨物操車場である。
いまは瀋陽市に組み込まれている。
瀋陽の街中を抜けて、大きな渾河を渡り、蘇家屯区に入る。
そこでは重機を使って、日本人が住んでいた住宅地での
日本家屋解体作業が続いていた。
やがて蘇家屯駅に向かう、広大な駅前広場から駅の建物に入った。
列車の出発時間まで改札口は閉まっている。
そこが開くまでの間は、街中で日本が作った現用している
大きな給水塔を眺め、あきらかに日本人が使用していた古い民家を
外から見物した。
やがて、1元の入場券を使ってホームにでる。
駅員に尋ねて貨物操車場を探す。
最初に案内された方向は、まるで逆であり大連方面と丹東方面の
分岐点まで20分近く歩き方向転換。
行き来の激しい幹線らしく、客車、貨物がひっきりなしに行き来する
線路伝いを歩く。非常に歩きにくい。
また駅のホームまで戻り、今度は瀋陽方面に向かって歩く。
線路伝いに来る人や機関車の運転手に歩いては尋ね、
尋ねては歩きすること30分。途中でコケに足を取られて大転倒。
雨にも降られていて泥だらけになりながら歩いた。
ようやく、機関車車庫と修理工場が見えた。
そこでさらに確認すると、そこから貨物操車場には歩ける距離ではない
ということが判明。
道路にでてようやくみつけた、電動バイクに幌をつけたおばさんの車を
拝み倒し乗車。
おばさんは最初は知らないと言っていたがどうやら行きたくないらしい。
チップをはずんでようやくおばさんは発車。
前日の雨で、大きな水溜りが道を塞ぎ、ガタガタ道でそれは
まさに悪路そのものであった。
これでおばさんのあからさまな拒絶反応には納得できた。
電動バイクは、水溜りを避けながら走ることさらに30分。
広大な貨物ヤードが見えた。
それはとてつもなく大きなもので、小雨に煙るその先は霞んで
見えないほどであった。
中国も日本同様に鉄道貨物が輸送の中心というわけではなさそうで
貨物ヤードには人影もなく、貨車もまばらであった。
それでも石炭輸送、木材輸送といった日本ではもうあまり見かけない
貨物輸送は鉄道が重要なのだろう。
そこから父親に携帯電話で連絡。すぐに繋がるとは便利なものである。
やはり一編成で50両以上繋がる貨物列車は、圧巻であった。
あまりに大きな貨物ヤードなので、案内人が錆付いた地上50mあまりの
鉄梯子を指し、上から写真を撮ることを提案。
私もここで落ちたら一生の不覚と途中まで登り、一眺めしたあとカメラを
案内人に託して撮影してもらった。
その場所から、電動バイクで駅まで戻り、待たせた車でさらに瀋陽市内の
HOTELにもどり、着替えてから空港に向かったのであった。
瀋陽から広州へは、3時間半の飛行であった。
深夜11:00すぎ、広州のアパートに到着。

Dsc01097 おばさんの電動バイクは悪路を進む

Dsc01122 案内人(遼寧人)と運転手のおばさん

Dsc01107 ようやく到着、貨物操車場

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2007年8月16日 (木)

夏休み紀行=遼寧省瀋陽=

この夏休み期間を日本で数日休暇を取ろうと画策していた。
ところが日本の会社も長い夏休みをバラバラにとっていて
日程調整がつかず、気を取り直して夏の短い中国東北地方
へと旅に出ることにした。
遼寧省瀋陽市への旅である。
その昔の名前を奉天という。
実は、満州族の清王朝の都でもあるこの街を以前から訪れる
ことは考えていた。
父親の青春時代3年間滞在した思い出の地でもあり、シナ事変
発生の地でもある。盧溝橋事件(張作霖爆殺)の現場も近い。
ぜひ訪れてどのような街か、この目で見ておきたかった。
来年の夏は北京オリンピックでもあり、恐らく期間中は瀋陽でも
競技があり訪れることは困難だろう。
そう思っての今回の東北行きはその距離2200Km。
それは広州⇒広島あたりと同じ距離である。
でも遠路はるばる来てよかった。毎度毎度東北名物の餃子でお腹いっぱい。
正式開館がこの秋という蒸気機関車博物館では、硝子越しにだったが
満鉄特急 亜細亜号も無事保存されていることも確認できた。
世界遺産を二つも見学できた。瀋陽故宮、東陵(清王朝ヌルハチ皇帝のお墓)
なかなかの感動であった。
そして、圧巻は日本人は記憶からすでに消えかかっているシナ事変。
9.18博物館は国家教育基地で入場無料であったが、その展示内容はとても
日本人は正視できない。
蝋人形のリアルな展示も相俟って、しっかりした展示であった。
日本人向けに日本語の説明も事細かく記述されていた。
夏休み期間で人は多かったが、日本人観光客の姿は一人もいなかった。
日本人には少々きつい展示内容であり、さすがの私も心が痛んだ。
出口の「9.18を忘れる無かれ」の江沢民の文字が、突き刺さる。
今ある平和の大切さと日本の犯した侵略戦争を思い起こさせる旅であった。

Dsc00997

9.18博物館 手前は盧溝橋橋げた、靖国神社満州分社碑

Dsc00948

世界遺産 清瀋陽故宮 大政殿(皇帝の執務所)

Dsc01010

世界遺産2004年登録 清福陵(東陵) ヌルハチ皇帝の墓 

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2007年2月 7日 (水)

広東料理食材

Dsc00131 Dsc00139 左:たがめ            右:かえる

                                                広州のスーパーで普通に売っています。

              日本でなかなか食べる機会が無い食材です。

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2007年1月26日 (金)

蘇州から上海に戻りながら寄り道

蘇州水郷編

絵はがきやら墨絵やらで何度か目にしていながら、

行ったことのないところにちょっとだけ寄り道しました。

場所は昆山市の周庄というところです。

蘇州から70Km、上海からも60Km。私も3年中国にいるので

ぜひこの目で直接見たい。

そんな好奇心がフツフツと湧いたのでした。

この1月下旬の寒さのなか、日本人のおじさんおばさん観光団が

予想を裏切ることなく、大挙して船に乗っておりました。

やはり、世界のどこへでも行く小金持ちの皆さんは、ここでもすごく楽しそうでした。

達者な日本語の中国人ガイドと元気なDsc00030 おばさんの声がやけに耳に残ります。

Dsc00035

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