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2009年5月31日 (日)

東京

都内の会社に出向していて、東京とその周辺が仕事の担当になって

そろそろ2ヶ月が過ぎようとしている。

都内や近郊を仕事の関係でうろつく機会が増えたが、覚えきれないほどの

地下鉄路線に驚かされ、私鉄、地下鉄、私鉄と相互乗り入れが慣れれば

非常に便利だろうが、実に複雑怪奇に入り組んでいる。

JRも大きく変化して都内を突き抜ける路線も増えていて、

使用方法が解れば便利このうえない。

そして、お上りさんのように、街なかで有名でどこかで聞いたことのある

都会のSPOTを発見して驚くことが多い。

Sn3e0038 三田付近から見える東京タワー

毎日のようにどこかの路線で電車が止まっていても、迂回路を見つけて

置けば遅刻もせずに別ルートで会社にたどりつくという便利な生活もなかなか

悪くない気がする。

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2009年5月20日 (水)

ある中国人に聞いた話1

以前、お金があまりない中国人が、借家を探していた話を急に思いだした。

築浅でも相場から見て10分の1以下の家賃で住めるアパートがあった。

そんな物件は当然、訳ありと思う。その人はしつこく不動産屋に尋ねた。

しばらく言葉を濁していたが、不動産屋はやがて白状した。

強盗事件があり、とある外人(韓国人)が部屋で殺された。

でも、相場からみても絶対お得。しかも、事件から2年も経っている。

私なら、事件から2年でも5年でも住む気は絶対起きない。

でも結局、その中国人は腹をくくってすむことにした。

事実を知ってしまったらどうするかで、中国人と日本人の腹の

くくり方を考えると興味深い。

この場合、お金の問題を超えるのか?

所詮賃貸アパートで仮住まいなら、お金だけの問題だろうか?

この事象に中日比較を考えると大変興味深い。

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2009年5月17日 (日)

土曜ドラマ「遥かなる絆」を見る

「中国残留孤児」という言葉さえもまだなかった1970年、羽田空港に

一人の青年が降り立った。

25年ぶりに実の両親との再会を果たしたこの青年には、しかし

祖国日本でも困難な暮らしが待ち構えていた。

そして生まれた娘は父の故郷中国へ留学することになる。

そこで知った父のかつての姿。

日本と中国、ふたつの愛情の間で奮闘してきた父の軌跡を娘は追い始める。

そこから娘が受け取った珠玉のメッセージは… 

大学生の娘の目を通して、国境と世代を超えた命の絆を描く。

NHK ON LINE より

あの「大地の子」から、もう14年の歳月が過ぎたらしい。

なかなか今回も濃い内容であるドラマを毎週土曜夜に見ている。

出演している日本人も中国語がかなり上手であり、見ごたえがある。

以前は見てもさほど、感慨もなかっただろうに、足かけ6年の間に

中国と中国人に深く深くかかわった分だけ、私の視点が

大きく変わった気がする。

来週はいよいよ感動の放送最終回である。

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2009年5月11日 (月)

新入社員面談に日本の今を感じる

先週末、一日かけて部門配属になった新入社員の面談を行った。

工業高校卒業が半数、それ以上の学歴が半数で合計15名。

ほぼ全員が関東近辺の工業高校卒業生か普通高校から

理系専門学校卒業である。

家にお金があっても、少しくらい無くても奨学金が5万円から10万円

借りられて、大学に行ける恵まれた時代に、高校卒業でいきなり

社会人である。

つまり平成2年生まれ、平成3年生まれで西暦1990年、1991年

以降に生まれた子たちである。

当然、離婚や経済的事情さらには両親の無関心もあり「訳あり」が

大半である。

日本の格差社会というのは想像以上に厳しい。

工業高校卒業の子はほとんど、部活動をやっていない。

学校の許可を得て、毎日5時間程度も学校から帰るとアルバイトを

おこない、小遣いと家の生活費を補てんしているのである。

つまり部活動出来ることも、恵まれた学生生活の証しなのである。

両親が離婚して、母親がパートで妹がまだ中学生といった状況では

選択肢は就職しかないのだろう。

若干恵まれた側に偶然立って、子育てが出来たのは幸運である。

大学に行きたくても、出来ない立場の子も多い現実。

そして、不況が長引くとこれからもっと増えていくことだろう。

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2009年5月10日 (日)

高麗から飯能へ武蔵丘陵をいく

ようやく晴れた週末は、最近恒例の関東周辺駅から歩くハイキングで

低山をめざす。

常磐線、武蔵野線、西武池袋線、西武秩父線を乗継ぎ

高麗まで2時間少しかけて行く。

秩父方面を目指す多くの中高年に紛れて、秩父線高麗駅で下車。

そこは半島の高句麗人が移り住んだところで有名、駅前の看板には

日本語併記でハングル文字。

巾着田の彼岸花でも有名なところで、その反対側の駅前の住宅地を

しばらくだらだら登り、ハイキングコースに入り、山道を天覧山から、

十六羅漢をみて飯能駅前で食事をして帰路についた。

木立が美しい整備されたハイキングコースで、やや短いが

それなりに変化と天覧山からは飯能の街が一望できた。

いいコースだったが、あいにくコンビニが見当たらずいつもの

おにぎりと味噌汁を入手できなかったのは残念であった。

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2009年5月 7日 (木)

GWが明けて初日

朝から新入社員の前で、2時間近く話した。

15名の前でそういった機会が与えられたので喜んでさせてもらった。

8日間の長期休日のGW明けなのに頭がクリアなのは、1週間以上

仕事で頭を使っていなかった為か、口をついて比較的よどみなく言葉がでた、

ついつい言いたいことを若者に語ってしまった。

ほとんど居眠りもせず、みなさんよく聞いてくれたが、いまどきの

新入社員の反応は非常に鈍い感じがした。

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2009年5月 6日 (水)

千葉県柏市手賀沼近くでBBQ

5月5日こどもの日、友人たちとBBQ大会を企画。

柏市手賀の丘公園は、木立のなかでBBQができる。

新緑のなか、雨が落ちてくることを気にしながら、2時過ぎまで

総勢10名でGW長い休みの楽しい一日を過ごした。

ブラジル仕様の肉とチョリソーを焼きながら、キムチ鍋を食い、

締めは焼きそばビールを飲みながら満足のいく内容だった。

子供が昔、お世話になった人々と10数年ぶりの再会。

天気はどうにか持ち答え、夕方には本格的な雨となった。

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2009年5月 3日 (日)

GW中国から帰国

朝から広東名物飲茶で最終日が始まり、頼まれていた薬を薬局で購入。

元会社の運転手で今は旅行会社をやっている中国人の運転する車で

空港まで送ってもらい、午後の便で帰国した。

たいした土産を持ってきたわけでないのに、いつもながら大変義理固い

人である。おそらく、ごく稀な中国人であろう。

日本行きは、14時台の30分の間にJALだけでも3方面に飛んでいる。

名古屋へのツアー戻り客や大阪行きはそれなりの乗客だったが

東京便は10%から15%程度の乗客でガラガラであった。

用意したおつまみや酒がたくさん余ったのだろう、念入りに勧めてきた。

機内ではNHKニュースと映画の、グラン・トリノを1.5回みたところで

飛行時間3時間半で成田到着。20分遅れて出発も20分早く着いた。

空港内では厳戒態勢、職員だけは全員マスク着用のなかで

検疫、イミグレ、税関と通過。

GWの中間なので、非常にスムーズな帰国であった。

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2009年5月 2日 (土)

GW中国3日目、4日目

3日目は、朝からバスで北京路に向かい、頼まれ物の漢方薬やら

文具を購入。

Dsc04828 北京路の休日は大勢の人出

Dsc04827_2 店先で手作りぎょうざ作成中(その場で蒸す)

ものすごい人ごみのなかでの買い物、しばらく歩くとユニクロ広州北京路店

があった。商品の値段は、大体衣料専門店の1.3倍から1.5倍と買えそうな

値段の設定がにくい。

Dsc04831 ユニクロ広州

外の圧倒的な人ごみから比較すると店内は人影もまばら。

それでも、いかにもユニクロらしい靴下、Tシャツの多色販売は健在であった。

ポロシャツも日本で売っているものとみた感じの品質は同じ。

北京路を含めて街かどでは、子供の立ち小便は当たり前、ごみ箱にまたがらせ

子供の大便はやはりいただけない。下痢便もおかまいなし。

そのゴミ箱をさらにあさる人々がいる。

特に空きペットボトルはお金になるので、ゴミ箱に群がる人があとを絶たない。

中国の衛生概念は、まだまだ厳しい現実である。

一方、無菌大国となって豚インフルエンザと真っ向から戦うお国は、はたして

いかがなものだろうか?

かつて野菜に人糞をまいて育てていた国の進化した姿がそこにある。

免疫力、抵抗力不足は先進国の証しでも、なにやら少し情けない気がする。

その日はさらに、台湾系スーパーでおみやげを買いたしておみやげは終了。

夜は、以前よく通った日本料理屋で食事後、旧知の方と合流。いつまでも

飲み続け深夜まで別の日本料理屋で閉店まで粘り解散。

その後、深夜営業の足裏按摩で1時過ぎまでいて充実の日の日程は

無事終了となった。

4日目

Dsc04850 白雲山登山風景

Dsc04855

音楽に合わせてダンスチームが随所で繰り広げるサークル活動

翌4日目は朝から白雲山の山登りをした。黄金周(週)の間なので

入山料が20%OFFとなっていた。とは言っても5元から4元

ものすごい人ごみでかき分けないと、前に進めない。人で渋滞していた。

山の賑わいも、眺めて麓が見えないほどの大気汚染では、楽しみも

半減である。

Dsc04859

豆腐花(これは甘いが味の異なるMENU多数あり、一杯5元70円)

白雲山に行けば必ず山のどこか食す名物豆腐花と粽(ちまき)を食べ、

ウズラの卵(5元70円で15ヶ)を食べて初夏の陽気の広州の山歩きを

とにかくやたら大量にいた中国人とともに楽しんだ。

そして夜は昨夜の友人たちと広東海鮮料理で蝦蛄(しゃこ)海老、ホタテで

広州最後の夜を締めくくった。

その海鮮料理店へ道すがらには道路際や歩行者通路には行き倒れとも

物乞いともつかぬ人々や手が無かったり、足が腐っていたりして、

のたうちまわっている現実があった。その格差は、やはりすさまじい。

世界同時不況でまだ成長カーブの中国でもその手の人々は、確実に

増えてきたように見える。

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