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2009年3月29日 (日)

「橋のない川」作者の庭先で花見

近所で、自転車でも5分ほどのところの牛久沼のほとりで小説「橋のない川」

の作者である、故住井すえさんの庭先に20名ほど集まり、恒例の花見会

があった。桜がほとんど咲いていない巨木の下で久々に知り合いのおじさん

たちと酒を飲み、天ぷらを食べた。

幸い、いい天気で風もなく、最高のコンディションであり久々に旧知のみなさんと

大いに談笑して楽しんだ。ついでにバザーでホットプレートを500円で入手出来た。

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2009年3月28日 (土)

家庭内無線LAN再構築

2002年頃、その頃ようやく実用なって、はやり始めた家庭内無線LANを

設置していたことがあるが、PCも非力でとても遅くてストレスも大きかった。

庭先でも2階寝室でもインターネット接続出来たには出来たが、設定も面倒な

記憶であった。メールとINTERNET接続は、退屈なほど遅かった。

その後、法改正で流行るかと思われた電力線モデムも家庭向けでは空振りに・・

最初の我が家の無線LAN設置から7年近く経って、より速くなって快適に

なってかつ簡単な設定になっている無線LANをまた設置したくなった。

値段も当時と比べて1/3以下で入手でき、とても安くなっていた。

店頭開封品割引、家電量販店会員割引を併せて、無線LAN親機を

7000円強7200円ほどで購入した。

仕様は、IEEE802.11g、b同時使用54MBPS

家のなかでは、アクセスポイントも設置せず、どこでもインターネット接続が

スイスイできる環境があっという間に出来あがった。

ゲーム機にも対応しているうえ、上級機種ではデジタル家電にも対応である。

なるほど、さして広くもないが家の隅々、庭の隅々にまで電波が届き、ほとんど

パフォーマンスも落ちずに接続できる。驚いたことに、家の前の道からでも

問題なく接続できた。下手すると、隣近所にも軽く届いてしまう。

やはり無線LANはセキュリティさえ確保出来れば、非常に便利なものである。

WPA2暗号化方式を採用とあった。ドコモホームアンテナにも対応。

i-mode、携帯電話も利用可能。

日本の確実な技術の進化には感心してしまう。

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2009年3月26日 (木)

進化する首都高速で中央道へ

所用で実家に日帰りで戻った。

中央環状線が中央道までつながっていた。

池袋から、西新宿まで大トンネルがつながっていた。

6号四ツ木JCTから、東北道、関越道方面を左に左によけつつ、

渋滞もなく都心どまんなかを抜けることなく池袋付近で地下にもぐり、

中央道につながる首都高速4号線の西新宿の先に出た。

あとは、中央道まで一直線。

税金は、やはりこうやって使ってもらいたい。

雪の残る南アルプス、八ヶ岳、富士山は素晴らしかった。

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2009年3月21日 (土)

鉄道博物館に日本の技術力を観る

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JR発足20周年記念行事で、秋葉原から大宮に移設し拡大した

鉄道博物館に行った。

それは在来線と新幹線の線路間のJRの広大な敷地内にあった。

技術立国、世界に冠たる鉄道技術はぜひ見ておきたかった。

3連休の中日に、家族づれに紛れて大宮駅から新交通システムに乗り、

5分ほど乗車、入口で入場制限というほどのこともなく、SUICA1000円を

支払で入場した。

展示は蒸気機関車特急、電気機関車特急、電車特急、新幹線と続く

技術の進歩には驚くばかりである。

技術的には、機関車の限界を設備投資の面で決断して、電車特急(こだま型)

の技術開発の成功が新幹線につながる。

1958年営業開始の東海道線在来線電車特急「こだま号」が163km/hを

記録したのだが、わずか6年後には、東海道新幹線が営業運転を開始していた。

驚くべき技術力の高さとすばやく実用化していく力には、敬服するしかない。

子供のころから見て、移動時間は半分以下になり、すっかり快適な

輸送手段になった。

先人の技術へのこだわり、電気、機械、土木、建築といった総合的な

力の結集はすばらしい。材料も通信も部品もあらゆる科学の結晶である。

世界では一般的に軍事関連で進む技術が、社会インフラ発展にひたすら向かう

素晴らしい方向は、誇りである。ついつい、3時間近く館内で眺めた。

見て良かった、大宮に戻り、東口居酒屋街で遅い昼食をとり、帰宅の途

についた。

 交通博物館 ヒストリーゾーン 1F

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2009年3月17日 (火)

黄砂舞う日 新宿高層ビルから一望

夕方にかけて現場訪問のあと、45階の高層展望台から東京を眺めた。

暮れていく東京は、黄砂と花粉が飛び交い、視界は真冬より確かに悪いが、

なかなかの眺めであった。

戦後の焦土からのこの繁栄はすばらしい。45年も前のオリンピック開催も

驚くしかないが、7年後にまた開催地に立候補することも眺めていると

簡単に出来そうな気がするから不思議である。

暮れゆく東京は、巨大な都市であるとつくづく実感した。

展望台から降りるエレベータの背後から、広東語と普通語が聞こえた、

広東省からの「広之旅」旅行団と一緒・・・またまた中国人に遭遇

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2009年3月15日 (日)

中国があふれている

日曜午前、子供の大学の卒業式に参加した。

大学に向かう道すがら、大学生とおぼしき青年二人連れが中国語で話ながら

歩いていた。

卒業式場では、60歳くらいの日本人男性が若い中国人女性と

その赤ちゃんと座っていて、その女性の弟らしき留学生も卒業のようである。

そのおじさんと留学生は、しきりに写真撮影のタイミングを話していた。

別なところでは、別の女性が父兄席で「内モンゴル出身で・・・」と言った

会話も聞こえてきた。

卒業生の勉強の成果があったという学長からの表彰での留学生賞は、

朝鮮族の女性中国人留学生が表彰されていた。

ことほど左様に今や中国人にはどこでも簡単に会えるということが実感できた。

中国語の必要性を益々感じた日であった。

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2009年3月14日 (土)

日本に帰国

昨日の中国でのセレモニーが無事終了し本日帰国となった。

朝から市内視察をおこない、買い物をして空港に向かう。

車の窓越しに見えた中山祈念堂の広州の花(木綿花、紅綿花)の

樹齢300年の巨木は見事だった。陳氏書院は、修復中であったが

見事な屋根瓦は相変わらず見る者を圧倒する。

定刻で飛んだが、着陸態勢時の乱気流を恐れての機長までもアナウンス

パーサーからもアナウンスが繰り返され、シートベルト着用を促していた。

日本帰国の広州からの3時間半は、映画1本と食事と睡眠で瞬く間に

成田上空到着と相成った。

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2009年3月12日 (木)

広州の新緑と花見

Dsc04402_2 街中はちょうど新緑の季節

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Dsc04404 会社の入っているビルと木綿花

Dsc04409 木綿花のアップ 花はおとなのこぶし大

広州では桜の花見は桜の木がないので、できない。

桜はないが、この時期絶好の花見スポットがある。

広州の市の花といえば、「木綿花」とか「紅綿花」とよばれる花。

中国南方航空尾翼にも、5☆の高級HOTEL広州花園酒店壁面にも

描かれている、いかにも南方の花である。

その中でも、広州でもっとも古い木が中山記念堂にある。

記念堂には計7本の古い名木があり、その中でも最も古い木は

樹齢300年以上。

この巨木は記念堂の北東にある。直径は1.8メートル。

毎年春の今ごろになると、南国らしい真っ赤な花が鮮やかである。

暑くなく寒くないちょうどいい季節である。

Dsc04411 桜によく似たこんな花も見事に咲いていた。

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2009年3月11日 (水)

やっぱりすごいぞ中国人

銀行ATMの行列が進まない。ATMの機械相手に何回も何回も女性が、

CASHを入金しようと格闘していた。規格厳格なのかよく解らないが、

とにかく偽札が横行しているので、いわゆるババ抜き、ロシアンルーレットと

なるのが怖く銀行も迂闊にアクセプト出来ない。まさか偽札をATMにとぼけて

収納して置いて、現金引出しに使わせる訳にはいかない。

並んでいる行列からは、「いい加減にしろ」「あきらめろ」の声はとばないし、

平然と並び続けている。

くだんの偽札疑惑の女性も、行列におかまいなく格闘すること15分で

あきらめて去っていった。

朝、会社のビルのエレベータに乗った、15人のうち10人がしゃべっている。

せまいエレベータ室内で声を張り上げながらやがて降りていった。

もうひとつ、エレベータの話題。

禁煙のステッカーもむなしくタバコの煙があがっている。隠し持つならまだしも、

しっかり吸っている。睨んでも罪の意識などない。

こんな情景を反省もなく繰り返し5年以上も見せつけられていたとは、

つくづく社会の違いを感じてしまう。

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2009年3月10日 (火)

広州出張

2月に続いて、今月も今朝成田発で中国広州にやってきた。

冬から春へ霞んでいる広州は、大気が汚染しているのがよく解る。

成田から日本を縦断し、瀬戸内海、九州から長崎から上海上空まで

ほぼ西に2時間半進む。

上海からは南南西の方角に進路を変え、2時間半。

本日は春の偏西風の影響で5時間かけて到着。

行けども行けども続く中国大陸を南下するのは、今更ながら国の大きさを

感じる。

かつて3月の出張では香港発で対地速度1200Kmで3時間足らず

で成田空港上空についたことを思い出した。風は怖い、乱気流はもっと怖い。

広州では社員皆が変わらぬ様子で迎えてくれたのはうれしいが、ビジネスは

一段と厳しい状況になってきていた。

どんなに苦しかろうが、会社は変化を続けて最適化しながら存続して

いかなければ存在の意味がない。

欧米のような考え方の東洋人である中国人が、この不況でどこまで本気で

動いてくれるか試されている気がする。

日本に戻って会社に勤めていると、定時間の退社日でもほとんどの人が席を

立たない。時間を守って退社するのは、派遣の方くらいといっても過言でない。

片や中国では退社時間を実によく守る。

命令されれば、休日祝日深夜を問わず働くがそれ以上もそれ以下もなく

割増手当の範囲内は守られる。

先ごろの残業代がもらえない「名ばかり管理職」の話がニュースになるのは

いくらなんでも中国人には理解不能だろう。

お金がもらえないのに、一体何に義理立てして仕事をするのだろう。

無償で働いてすら満足できた喜びに、いつしか疑問が湧くのは気づきが遅すぎ

るような気がするが、うまく利用されたという他ない。

一方今日も数名以外のほとんどの社員が、定時から10分以内に帰宅

していった。このあたり切り替えはさすがである。

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2009年3月 7日 (土)

メール事情

中国のメールアドレスが生きているので中国からのメールがまだよく来る。

内容は微妙な言い回しの日本語であることが多いが、何より困るのは

大きな添付ファイルで、その中身が、インターネットTVの勧誘10MB

中国語学校の入学勧誘4MB、2MB、日式カラオケ広告8MBといった

具合である。取り込んでみてがっかりなことは数知れずである。

最近は日本ではブロードバンド環境の発達で、下り速度がどんどん

大容量になってきた。マナーも発達して、極端な大きさの添付ファイルを

送付してくる人が極端に減ってきた。

中国では、広告のほぼ無料媒体としてメールで巨大ファイルを送りつけ

ヒンシュクを買うことがまだまだ多い。要は、相手のことはおかまいなしで

目的を果たすのである。

2005年の反日デモの集合の呼びかけや反日意見広告にメールが

集中したことが思い起こされる。

メール意識の変化の過程で、中国人も変わっていくのか興味がある。

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2009年3月 4日 (水)

日本の電車の出来事

夜の電車では、日本ならでは光景に戸惑う。

疲れなのか、酒のせいか熟睡している中年男が、向かい合わせの

電車のなかでかばんを電車の通路に落としていた。

しばらく見ていたがたくさんの乗客は関わりを避けてそのかばんは、

電車中央通路に放置されたままになっていた。

下手に触ったり、中年男を起こして注意でもしたら予期せぬ災難が

降りかかり、収拾は面倒この上ないことになるかのように周囲は

すべて素知らぬ顔。

日本で賢い対処は、知らん顔でかばんを避けて歩くことか放置すること。

日本に慣れない私は、見かねて落ちておいたかばんを拾い上げて、

熟睡男のひざに置いた。

熟睡男のとなりに座っていた女は、終始それを見ていたが私を見る目は、

「おせっかいなおやじ!変なことするな」という目であった。

年寄りが乗って来ても、シルバーシートで寝たふりする足腰の弱そうな

若者も散見する。

疲れてかばんを落としても知らん顔され、年寄りは席も譲られずに

大事にされないのは、どうにもおかしな社会現象である。

個人主義の国と周知の中国でも、こんなことはない。

大体、日本以外では公衆の面前で正体不明になるような隙のある人は、

なかなかいないが・・

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2009年3月 2日 (月)

山陰に行く(日本の中国・・地方)

Dsc04352 出雲大社 仮本殿

3月にかけて国内旅行をした。

行先は、津和野、石見銀山、出雲大社、松江と島根県である。

Dsc04301 津和野駅

Dsc04317 津和野カトリック教会

Dsc04309 津和野風景

Dsc04372 松江城

その地は、38年も昔にめぐったがほとんど記憶から遠のいていた。

わずかにある記憶のうち廃線となったJR大社線の出雲大社駅は、

その威容をそのままに残していた。出雲大社も落ち着いたたたずまいで

あったが、あいにく平成25年の式年遷宮に向けて、80億円かけて

改築中であった。

津和野は落ち着いた中高年向きのSPOTがあり、それなりの

にぎわいを見せていたが、かつてほどのブームではないようだ。

しかも貸自転車でめぐる季節でもないようで、そんな姿はまるで

見当たらない。ただ温泉宿の露天風呂は塩化ナトリウム泉で

快適であった。

翌日、世界遺産石見銀山と巨大一年砂時計があるサンドミュージアム、

さらに出雲大社まではレンタカーでめぐり、最終日に松江城天守閣に登り

松江市内をレトロ観光バスでまわり、小泉八雲旧宅を眺めて締めくくった。

高速道路も中途半端な作りかけで途中で切れた自動車専用道路、

鉄道も単線のままで運行本数も制限され特急でも2両、各駅は1両もある

まるでバスのような鉄道状況に、地方の置かれた厳しさを改めて感じた

次第である。

驚いたことに、飛行機の東京便は、毎日3便で昼過ぎの便は280人乗り

エアバスは、ほぼ満席で羽田までの飛行時間はちょうど一時間。

瀬戸内山陽地方の新幹線までのアクセスが悪い分、移動時間が短い

飛行機はきわめて人気が高い。

東京まで高速バスで1万2千7百円、東京行き寝台特急という

選択肢もある。

選択肢は、さらに広島までバスで出る。岡山まで特急でいくなど

新幹線に乗り継ぐ方法は、時間と予算見合でまだいくつもある。

日本全体が不況で沈むなかで、地方の厳しさを殊更感じた旅行でも

あった。

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