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2009年2月20日 (金)

40年来の友人と再会

中国から帰国してチャンスがなかったが、有志が集まって大崎で

帰国歓迎会なんだか結局よく解らない飲み会があった。

なにせ付き合いは、15歳から断片的だがとにかくやたら古い。会社の付き合いより

前からの仲間は、すでにPEAKを過ぎてソフトランディングを目指して第三コーナー

を回リ切ったところだろう。

それでも理由なんてなんでもいい、元気で酒飲んで語って、いつ会えるか会えない

かもしれない無償のつきあいは小気味よいのである。

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2009年2月19日 (木)

遠距離通勤は容赦なく続く

慣れるまでと思って片道2時間の通勤を続けるが週末になるとさすがにきつい。

二日酔いにまでなると途中で家に帰ろうかという気分になる。

空気もきれいに澄んでいて遠くに雪を被った小さな富士山が会社から見えるのは

それで素晴らしいのだが、東京の南まで茨城から連日移動するのはあまりに

辛い日々である。。

上野まで一時間さらにもう一時間近くかかるのはあまりに遠い。

電車で20分の工場勤務を前提に家を求めたが、事情がすっかり変わった。

深夜まで働くことはもはやなくても、通勤のエネルギー消費は、首都圏全体では

やはり壮大な無駄であると思う。

通勤だけを考えると中国単身赴任生活が妙に懐かしいこの頃である。

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2009年2月14日 (土)

暖冬とスキー人口

2月とは思えない暖かい土曜だった。

昨夜は早くも春一番が吹きまくり、今日の車の移動では汗ばむほどであった。

昼前つくばエクスプレス駅に近いとても大きなつくばのショッピングセンターの

本屋にいく。

大きな本屋で欲しい本はすぐに見つかった。

戻る途中、大きなスキー用品店の前を通るが閑散としている。

スノーボードというかつては、まずお目にかからないジャンルが増えた

が、全体スキー人口の減少に歯止めがかからず、PEAKの五分の一

らしい。加えて温暖な冬で、わざわざ修行のような冬山でのスキーは

若者の多くは、お断りらしい。

昔と違ってスキーや温泉は流行らないのは、残念である。スキーこそ

冬場の地方の活性化で重要なツールだと思うが、そう思う人は少数派

のようだ。スキー場の麓の温泉民宿は、今頃閑古鳥が鳴いているだろうか?

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2009年2月13日 (金)

東京通勤の過酷

中国の暮らしが長かったせいか、長距離通勤は応える。

慣れてしまえばそれほどのことはないと思うが、その体験をほとんど

していない。

幸か不幸か残業も多かったが、ずっと職住が接近していた生活だったので、

東京まで定期券をもって遠距離通勤する習慣がなかった。

特にラッシュアワーの身動きできない首都圏の電車はたまらない。

こんなに人口が集中しても交通網が発達していて無言で人々が

整然と移動するのは、まさに驚異である。

これほど体力を使っての通勤をいつまでも続けながら、国力を維持するこの

日本という国には改めて感心する。

このエネルギーを違った方向に活用できたらと仮定すると、もっと違った国に

なったかもしれない。首都圏一極集中は、やはり是正されるべきだろう。

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2009年2月11日 (水)

日本帰国

移動を含めて4日間の中国出張から戻った。

昼前に昔の運転手から連絡があり束の間の再会で飲茶を頂いた。

そして日が射していない昼過ぎの広州から飛び立ち、気温6度の日本に

夜7時半過ぎに到着した。

日本への機内では、たまたま桂林に出張していた同じ会社の役員と遭遇した。

海外出張では基本的に一人で移動することがほとんどなので、今回のように

偶然機内で同じ会社の社員と会ったのは、長い会社生活で2度目である。

以前は、6年ほど前に香港行きの便に乗って座っていたら、偶然後輩が

飛行機に乗りこんできた。

今回の方も相当出張慣れしている方なので、うざったいこともあり意図的

に降機まで声をかけないのがお約束になる。

2月でもあり、成田空港はガラガラで最終のリムジンバスに間に合った。

つくば土浦行きリムジンバスには、5人しか乗っていなかった。

また日本での遠距離通勤が始まる。

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2009年2月10日 (火)

中国慣れ

広州滞在も3日で、早くも中国ペースが戻ってきた。

今回は出張が短期間なので、またすぐ日本のペースに戻るだろうが

実感したのは、まだまだ身体が中国仕様となっているので中国に

滞在している方が、はるかに気分が楽で居心地もいいのである。

日本での滞在期間が長ければいずれ解決するだろうが、海外生活の

方がストレスが少なく感じるのは損得では得であり、これはどう見ても

よいことであると思う。

ひとはこれを中国慣れと呼ぶのだろうが、ある意味で飲み込まれて

しまっているのかもしれない。かくも、中国生活は日本での生活と

相容れないものとなっているようだ。出張は本日までで、

明日からまた日本での窮屈で退屈な刺激を避けた生活が始まる。

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2009年2月 9日 (月)

広州出張二日目

広州はこの時期急速に暖かくなるが特に日中は暑いが、小春日和を通り越し、

初夏の様相である。

おかげで、出張でもってきたコート類やマフラーやベストはまったく不要であるが、

半そでで歩く人々をみるにつけ随分と日本と違うものである。

はやくも車やTAXIはエアコンを使いはじめ、空調付きの2元のバスは実に

ありがたいものになってくる。

空気は淀んでいて、ときに予期せぬ異臭こそするが5年以上住んでいたので

この広州の街にはひどく愛着がある。中国全土で悪名轟く治安の悪い街の

イメージは完全に払拭されたわけではないが、着実に安全になりつつある

華南の大都会ということではその地位はやはりゆるぎないものがある。

春節の時期を完全に外したがあちこちのビル玄関にはミカンのツリーが

干からびかけて残っていた。

そして旧態依然とした商店が立ち並ぶ旧市街地域では、変わらぬ人々の

営みがあった。

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2009年2月 8日 (日)

広州に到着

この時期、暑い広州に日曜の昼過ぎ到着した。

工員風というか、やや崩れた感じの搭乗客が多いのが広州線の特徴である。

無論、ビジネスマンも多いが圧倒的にジャンパー姿ジーパン姿も目に付く

のである。

広州空港では預かり荷物をPICK UPすると、抜き取りで荷物を検査するが

無検査の人間の荷物を預かり番号の照合もせず通り抜けをさせる。

このあたりが、手抜きもいいところである。

本日は最高気温26度というから、暑い。空港からの車窓は春霞なのか

空一面曇っていた。視界もかなり不良であり春が近いことがよくわかる。

チェックインしたHOTELの部屋には空調が効いていた。

34階の小さな部屋から見える街の景色はわずかに三週間あまりの不在なのに

妙に懐かしい。春は確実に近い。

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2009年2月 6日 (金)

引っ越し荷物開梱に明け暮れる

遅れて船便で中国から送った段ボール箱16箱が、実家に10箱、

留守宅にも6箱到着したものを次々開梱した。

ほとんど外傷もなく、広東省から香港経由で3週間弱、途中で抜き取りも

なく無事到着した。

実家でも本棚を3つ、留守宅でも本棚を2つ組み立て続けて収納した。

送付したものの中身はほとんど本とCDや衣類であり、これまた通販で買った

大型回転ハンガーに衣類は納まった。

単身でも引っ越しは実に手間である。エアーキャップでしっかり梱包した

成果で、CDケースの割れが2点ほど発見された程度で全品ほぼ無事到着。

かくして、帰国休暇の大半は開梱収納作業で明け暮れてしまった。

日曜から短期間だが、約3週間ぶりに中国に出張に行く予定である。

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2009年2月 2日 (月)

高速道路で故郷へ

中国で何年もハンドルを握っていなかったので不安だったが、休暇を利用して

車で実家に戻った。

6年ぶりの高速道路は、首都高速も含めてまったく渋滞しなかった。

景気後退と首都高速以外に都心を通らずに行ける道が整備されて

都心に車が集中しなくなったのだろう。週末でも閑散とした見事に整備された

サービスエリアは一体何を語るのだろう。

往復とも所要時間はほぼ同じであった。

高速インターまでのアクセスが20分、240km超の高速道路全線を

3時間弱でかけぬけたのである。どこまでいっても車はすくなく、拍子ぬけである。

アクセスが便利になり、ふるさとが時間的に近くなったのは喜ぶべきことだろうが

日本中が新たな局面になったことは、どうやら間違いなさそうである。

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