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2008年12月31日 (水)

中国駐在最後の大晦日

日本へ帰任することが決まって、来年早々に5年2か月の任務が終わり、

撤収することになった。

そして、中国駐在生活最後の年の瀬である。

長いようであっという間の鎬(しのぎ)だった。思えば、2003年SARS直後の

11月に上海に上陸して2日後広州に移動して以来、時は流れもう2009年

が眼の前である。

3年10か月住んだアパートから見える景色は、圧倒的に増えた車の多さと

中国とは思えない豊かな暮らしをしている広東人だった。

同時に、乞食物乞いを見ない日もなく、子連れの乞食にお金をせびられることも

日常の出来事だった。暑くても寒くても路上で転がる人々を避けながら歩くこと

にあまり抵抗もなくなった。つくづく慣れとは恐ろしいものである。

歩道橋では違法で売られているDVDは、ほとんど取締りなどされず

放置されていた。中近東、アフリカの商人は明らかに増えてきた。

そして、あきらかに西からやってきたという顔立ちの人々が歩道橋に陣取り

様々な工芸品、骨董品を売っている。簡単な工芸品などその場で作っている。

屋外といえば羊の肉の串焼きを食べながらのなまぬるい珠江ビンビールは、

暑い広州の夜の路上ではかかせない。ささやかな庶民の楽しみであった。

食に貪欲な広東人は夜中でも重い食事をする。朝の4時に食べた蛇料理

などは、不健康の極みであった。懐かしく思い出す。

そして静かな大晦日の夜が過ぎていく。

今日は、年越しそばをゆでて、紅白歌合戦をみることにする。日本から

1時間遅れの年越しである。

2009年は、今年よりよい年になるといい。

だが元気で働けて、家族ともども無事であれば多くは望まない。

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2008年12月30日 (火)

印に凝る、硯に凝る、筆に凝る

石に手彫りで好きな文字を刻印してほしい。正月休み休暇中の時間のある

元上司から作成依頼が来た。そして、ハンコ屋の試作品の写真を見て、

決断し自らデザインしたものをカメラで撮影して送付してきて、その希望

どおり彫らせるという凝り方である。それもその数は10個もである。

硯のほうも、日本でも品不足なので 端渓硯のなかでも坑仔厳を探して欲しい。

それも透かし彫りやこてこてに飾らない実用硯が希望。

サイズは、20cmX15cm。長方形が希望。値段は、2万円まで。

だんだんマニアックな要求になってきたのは、凝り性の元上司だから

しかたがない。大体言葉についていくのが凡人には一苦労。

市内有名書道店を回り、こんな高尚な趣味はわかるわけないだろう。

とぼやきながら希望に沿うような、硯の値段を調査しサイズを測り、

デジカメで写真をとり、アルバムで送るはめになった。

その次は筆がご希望である。希望するうさぎの毛の筆なんてあるのは

ついぞ知らなかった。

そのうえに、むじなの毛で作った筆なんて世の中に本当にあるのか?

凡人には、もはや異星人の言葉にしか聞こえない。

大体その方面の知識がないので言葉が解らないのは、閉口する

凝り性の趣味の世界とは、摩訶不思議な世界である。

残念ながらよく探せばなんとか出てきてしまうのも、中国なのである。

やはり粋人には、魅力的な国なんだろう。

この暮れににきて、忙しい日であった。

Dsc03958 これが、シンプルで気に入ったそうである。

Dsc03956 こちらは、こてこてで不評

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2008年12月28日 (日)

中国版総合レジャー施設

週末の広州はずっと雨模様で屋外活動に向いていないうえ、金曜夜の忘年会で

白酒やビールを飲んで夜中まで社員と騒いだので、市内温水プール施設で

アルコールを抜くことにした。

市内バスに乗って30分弱の荔湾路の大型レジャー施設に行った。

施設は、24時間まで滞在可能。つまり仮眠もとれる。

138元で食事は24時間いつでもとれて、温水プールも24時間使える。

無数の泡が噴き出す様々な仕掛けもあり、水着着用で楽しめる。

水温が35度くらいになっているので、実に快適である。

競泳プールも卓球台も、筋肉トレーニングの設備も整っている。

休憩場所も、リクライニングシートで各シートは液晶テレビとインターネットも

出来るようになっている。(インターネットは1時間80円、日本語も使える)

なにからなにまで揃っているので、てぶらで行ってずっと室内着でうろつく

ことができるのでのんびりしたい向きにはぴったりである。

中国人にとって、138元は高いが広州のようなGDPの高い都市では

この程度の施設はかなり人気もある。ちなみに、日本人よりアラブアフリカ

からの客がはるかに多いとは、従業員の弁。日本人はかなり珍しいらしい。

数軒行った郊外の温泉リゾートは、ほとんど入場料が100元から150元程度で

あるが、オプションが違う。いちいち課金されて、結構高いものなる場合がある。

今回はよく考えれば最大4食までの食事をとることができ、仮眠までできる。

そして広大な温水プールやサウナでのんびりすることはけっして高い遊び方

ではない。しかも、アクセス抜群で市内バス2元で行ける。

あくまでも健康志向ないわば健全都市型リゾートである。

実は、近年中国人も都市部ではこういった楽しみ方をしている。

ひとりでふらりと来るおばさんおじさんやお兄さん、若い女性は数人の友達と一緒、

家族連れ、会社の週末研修まであり、様々な用途で大賑わいであった。

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2008年12月26日 (金)

割引と華僑

中国人(広東人以外も恐らく)は、近年回数券を買って割引でサービス提供を

受けることを覚えて、多用している。

私は回数券でよく利用するのは、足裏按摩。先払いして置くとVIP割引となる。

使うたびハンコを押すものから最近ICカード導入で、だいぶ変わった

美容院の洗髪も回数券が使用できるが、さすがに私は使わない。

そして、各都市内では万能なのだが、都市間でサービスの差があり

使い勝手が悪い交通カード。

思うに中国全土で同じカードが使えるようになるのは、未来永劫ありえない。

地下鉄では、普通カードを使うと切符を買うより若干割引になる。

このあたりは、さすがの対応である。

ふだんは、大雑把な人たちがお金を使う段では、わずかに割引することに

異常に反応するのは、日本の関東地方以北ではあまり見られない現象で

興味深い。

広州に住んでいるせいか、その特徴を特に感じる。

サービスをお金に換算することで価値を決めるのは、多くの華僑の出身地という

土地柄なのだろうか。

そういえば、華僑の一大故郷、世界遺産 広東省開平の地を訪れて

ちょうど一年になる。月日が流れるのは早い。

世界遺産には、なんといっても日本人観光客がつきもの。

実際、めぼしい観光地では、どこに行っても日本語が大概聞こえてくる。

日本のおじさんおばさんツアーと遭遇したが、後ろにくっついていくと

日本語ガイドが漏れ聞こえるメリットもある。

広東省の「開平望楼と村落」の世界遺産リストへの登録

は、2007年6月28日。私が訪れたのは2007年12月31日。

世界遺産ふたたび

http://mukosan.cocolog-nifty.com/china/2007/12/post_ffa3.html

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2008年12月24日 (水)

平安節 羅羅平安

中国では近年は、中国古来の旧暦の祭日(春節、清明節、端午節、中秋節・・)

ばかりでなく、万聖節(ハロウィン)、平安節(クリスマスイヴ)、聖誕節(クリスマス)

といった、欧米の文化も入ってきている。

そして2月14日は情人節(バレンタインディ)である。

本日12月24日の平安節では、天河城広場あたりはカップルを中心に大変な

人出で、交通渋滞を引き起こすほどであったらしい。テンションもあがっている。

ところで、さだかでないが中国ではクリスマスにりんごを贈る習慣があるらしい。

発音が似ているという説もあるが、よく解らない。ピンアンとピングォ??

こういった欧米文化は、確実に中国社会に入り込んできていることがよく解る。

宗教とは無縁で、内容が解らなくても中国人はこの祭日を取り込みはしゃいでいる。

改革開放30年の今年、中国は確実に変わってきている。

来年も世界不況を尻目に8%成長のGDPとなるらしい。日本は実質マイナス成長

というのに、対策は内需拡大や農村投資で全体を押し上げるとのことである。

世界不況に対応する政策が素早くかつ実に的を得ていて、今後も確実に

中国の成長は続くだろうとは、日本の大商社の副社長の本日の日経新聞での

コメントである。どこかの国の政治と違って、たくましい指導力には脱帽する。

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2008年12月23日 (火)

広州新テレビ塔完成間近

東京タワーが完成して、今日で50周年。つまり50歳の誕生日である。

その昔、田舎の幼稚園児だった私は、できて間もない東京タワー展望台で

迷子になり方言丸出しで道を聞きまくっていたと、あとで叔父からよく冷やかされた。

広州では、実はこの夏こんな記事があった。↓

完成すれば世界一の高さとなる広州新テレビ塔の工事は、建設を担当する

上海建工集団による26カ月にわたる奮闘の末、すでに高さが454メートルに達し、

メインタワーの部分が完成した。

新テレビ塔は、広州市新都市の中軸線と、珠江景観軸の交わる位置にあり、

珠江の南に位置し、同市のランドマークとなる。

メインタワーの高さは454メートルで、アンテナの高さ156メートルを加えれば、

高さは610メートルとなり、完成すれば世界一の高さのタワーとなる。

 「人民網日本語版」 2008年08月28日付け記事

世界の景気が相当おかしくなってしまっても実は、この時期に東京タワーの

2倍近い世界一のテレビ塔が2010年6月完成を目指して広州で

建設が急がれている。

供用は、2010年の広州アジア大会の開幕にあわせる予定である。

上海に対抗して、大河 珠江の岸に聳え立つ姿は圧巻である。

完成後は観光地が少ない広州の一大テーマパークになる予定だそうである。

Photo 夜の建設中広州新テレビ塔 完成時高さ610m

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2008年12月22日 (月)

北京路の賑わい

中国に来て、2足目の運動靴が壊れたので、広州で有名な北京路にいく。

バス10番系統で20分程揺られ、環市東路-小北路-中山路-文明路まで

行き北京路で下車すると、車が進入禁止で歩行者天国は見渡す限り人の波。

全部の階で飲茶しかない6階建てのビルで飲茶をする。

先ごろの香港空港の記憶がなまなましいが、4品食べて66RMBは、

3品200HK$から較べて見ても納得できる。

「KAPPA」で、靴とジャージの下を買うことにした。割引もあるうえ一応本物である。

しばらく歩き偽物かばん、偽物ブランド品、時計の店が並ぶ一角に立ち寄る。

日本人がよくくるらしく、怪しげな、「ノー高い」「みてみて」「やすいやすい」の声が

かかる。ルイ・ビトンのボールペンなど出来はなかなかである。

定価で買うのは、大バカ者で言い値の十分の一程度から交渉する。

お互い芝居を打つのでこちらも演技が必要でそこが見せどころである。

なにせ、そのせまい店が立ち並ぶ一角には本物が何もない。

原価がまったく解らないが、値段は底なしのように表示があっても意味がない。

Dsc03900 北京路歩行街

どこの国にもあるのだろうが、中国の商都広州のどまんなかの偽物市場は

人ごみで身動きができないほど活況であった。

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2008年12月21日 (日)

広州白雲山に登る

今週の運動は、登山にした。

広州市民の憩いの山は、週末は多くの人々で賑わう、一大観光スポットである。

街なかからバス522番系統広州市体育館行きで、わずか20分ほどで麓の

登山口につくので、まだふんだんに残る緑を求めて山を目指した。

山は紅葉がようやく始まりかけて、日本の関東地方の9月下旬から10月初旬の

ぽかぽか陽気であった。

5元の入山料を払って多くの人に混じって登り始めたが、途中のお寺で拝観。

お寺の本尊は金色に塗られ、南からの仏教らしさを伝える。

豆腐花を食べたが甘い豆腐花が標準だが、甘くしないでしょうゆをかける、

やっこ風の豆腐花もあわせて注文した。お椀一杯3元を2杯たべて6元。

排気ガスで曇る市街をみてから渓流風遊歩道を戻り登山を終え、

麓で遅い昼食をとる。

その後、522番バスで一旦終点までいき、戻りの522番で出発点に戻る。

バスは混んだ道もクラクションを鳴らして快適にすり抜ける。

バス代はこんな無駄な使い方でも、合計6元だから90円弱である。

入山料80円、お寺の入山料別料金で80円、バス代90円、麓の食事が

700円と1000円も出せば十分遊べておつりがくるのである。

こうして週末の一日が過ぎていった。

Dsc03879 白雲山の中腹休憩場所

Dsc03880 ようやく紅葉が始まる

Dsc03874 有料のお寺に行く

Dsc03878目的の お椀に盛られた豆腐花を食べる

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2008年12月20日 (土)

国内線搭乗のお約束

中国の国内線での移動のことは、数限りなくこのブログに書いた。

それだけ、遅れが日常化していてかつ接客態度も目に見えた向上が

みられないのは残念である。

今回上海から広州便は夕刻16:30の出発だった。

16:00ちょうどにGATEが開き、乗客を機内に案内始めた。

定刻16:30になり、キャビンドアを締切、シートベルト着用を

促すアナウンスが流れた。

それからは、いつものパターンで機内は長い沈黙が続く。

そして、これがこの一年ほどで向上したサービスとして、やおら客室乗務員が

立ち上がり水かお茶を欲しい人に配り始める。そして、映画上映が始まる。

これは、この飛行機は、あいにくすぐには飛び立ちませんの無言のしるし。

30分過ぎると乗客が、「いつ飛ぶんだ?」の質問が出始める。

客室乗務員は、「もうすぐです」と無責任な答え方をする。

出発時刻1時間後、ようやく機内アナウンスがある。

「夕刻のビジーアワーに差し掛かって飛行場内が大変混雑しております、しばらく

管制塔の指示をお待ちください。」

でも客室乗務員のこころのなかでは、

「いつもどおり飛びたいのは山々ですけど仕方ないですね。こんな週末の夕方

の都合のいい時間に定刻で飛ぶ訳ないじゃないですか?」

前の席の中国人のおっさんが、無神経にも無言でリクライニングを一杯倒して

きたのをひざを使って蹴り返し、また悪いクセでストレスを解消してしまう。

なかなか、お互い人間ができていないのでせまい機内で嫌な気分になる。

そうこうして15分待っていきなり飛行機が動き始めて、ほどなく離陸。

今回は、1時間15分の遅れであったが、2時間で済むところが3時間15分と

あまり日本にいくのと変わらない時間を要した。

中国国内線の遅れの対応ポイントを整理すると・・

乗務員は極力無言、答えはすべては管制の指示と逃げる。

遅れの本当の理由の説明はしない。乗客にはたとえ遅れが予想されても

定刻の出発の気分にさせるためと、そもそも待合室で長時間いられると

邪魔なので待合室からせまい機内に詰め込む。

そして機内ではサービス精神が芽生え、とにかく飲み物か食事で怒りを抑える。

乗客の気をそらせるための映画上映。場合によっては夜などは消灯してしまう。

そして、なにがあっても何時間遅れても基本的に謝らないうえ補償はない。

やむなくHOTELを用意する場合もあるが平気で相部屋だったり、出発の案内

が適当だったりで不快になることは間違いない。

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2008年12月18日 (木)

上海到着

Dsc03856 上海行き中国南方航空便から西の空方向

Dsc03858 さらに西の空の夕焼けが濃くなってきた

昨晩は、夕刻広州を出て上海に到着した。

冬の中国大陸を北上して西の方面の窓からの夕陽を眺めると

柄にもなく感傷的になる。ちょうど中国駐在上陸から5年と1か月

何度乗ったか数えられないほどの上海行きは、駐在期間では

おそらく最後になるだろう。この夕焼けの下に住む13億人との

出会いは人生観が変わるほど刺激的だった。

2003年SARS直後の上海便は、浦東空港では体温の厳重チェックが

行われたことが思い出される。

あれからもうまる5年も経ってしまった。

高度成長期の中国は大きく様変わりした。何より目に見えて豊かに

なった。

そんな冬の夜の思っていたより暖かな上海虹橋空港に降りたち、

感慨深いものを感じ取った。

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2008年12月17日 (水)

放任の果て

朝から本家親会社の現地出先で当社とも関係が深い会社の現地トップの方が

訪問してきた。

目的は当社の会社フロアの下見である。

当社フロアを一部借りる場合の条件の資料をこちらで作成して提出したが、

いかに関係があってもただとはいかないので、細かな費用概算で見積もりをした。

常識的な条件もつけさせてもらった。そして持ち帰り検討して答えをもらうこと

にした。

話をして驚いたのは、経営者がほとんど事業の中身を知らないで放置されて

いたようだ。客先との間の契約条件も知らず、つまり野放し状態が10年ほど

続いていた。

事務所の賃貸契約条件も期限もよくわかっていない。解約するとどうなる

かも知らない。

さらに中国人への給料にも驚いた、古い方は私の現地給与をはるかに超えて

2倍ほどである。勤務の長い女性も給料は当社の副総経理のそれをはるかに

うわまわり、ほぼ私の現地給与と同額というすさまじさである。

わずか3人で500平米の事務所を延々と使い続けるこのコスト感覚のなさ。

なぜ中国事業が駄目になっていくかパターンがよく見えてきた。

放任が最大の悪であり、素早く手を打たない手を打てないことは、特に

中国での事業では最悪の結果が待っているということだ。

市場の悪化や予期せぬ事態は、リスク回避で経営として当然である。

この話はつまりは、人災なのだろう。

信頼して任せたのではなく、おのれの責任を回避してそ知らぬ顔をしていた。

いかに他の業務で繁忙というのと、遠距離というのでは全く言い訳にならない。

だから中国人を放任したら最後は最悪の結果となる。この顛末はどうなるのだろう。

生活保障金は、新労働契約法からざっと見積もって50万元(700万円)と

24万元(340万円)。これではもはや簡単にクビにもできない。

当社にこんな状態の始末で、火の粉が掛からないことを祈る・・ 

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2008年12月16日 (火)

中華思想で得する人

尊大な中国人の行動が日本人によく理解できないのは、中華思想、一党独裁、
改革開放による経済成長において起きた社会の矛盾と超格差社会の出現
それを助長する日本の弱腰外交にあるとの意見がある。
なぜ特に日本に向かって尊大な態度を取り続けるのかは、中国五千年の優越感、
明治以降の日本の発展に対する劣等感が混在しているからであるという考えが
答えに近いと思われる。
中華思想は偉大だが、常に世界の中心であるからまん中の華でなければならない。
その文明を教えた東にある野蛮な日本がうまく取り込んで世界に通用する製品を
作り出すことに、中国人はたまらない劣等感を内心抱いている。
先進工業製品でも昨今のアニメ、サブカルチャーの発信でも常に後塵を拝している。
だが、それは皆そろって口にしない、プライドがありメンツがあるからである。
過去の遺産の中華思想が捨てられずいまだに強大な力をもつのに、一党独裁の
共産主義と資本主義が混在する現在の社会体制が関係している。
絶えない民族紛争やはびこる汚職、超格差社会、依然続く環境問題等の国内の
重要問題から少しでも国民の目をそらせて、政権を安定させたい。
この国の矛盾を抑えるには、中華思想による仮想敵国の存在が必要であり、
政治家がきちんとモノが言えない弱腰の日本は実にいいカモなのである。
そういった考え方を国全体が推し進めるうえでの経済成長なので、奇異に映って
当然である。
つまり中華思想は、政治体制のための格好のツールということができそうである。
おりしも2009年は、天安門事件から20年目の節目でもある。

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2008年12月15日 (月)

中国人的行動パターン

当社とも取引があるグループ親会社の広州支店が閉鎖することに

なった。一部の業務が残るのでその人たちは、処遇に内心戦々恐々である。

当社のフロアを一部借りたいと、北京から先日打診があった。

そんな折、午前中態度が大きな女の人が突然ずかずかと当社に入ってきた。

思い出せなかったがその閉鎖する支店の女性らしい、名前で思い出した。

当社との付き合いも長いので、自社のように親しげに顔見知りの社員と

次々と会話を交わしていた。

目的は、下見のようだがそんなことはおくびにも出さず社内をぶしつけに

見て回る。

その態度は、かつて仕事を当社に出していたときと変わらず尊大である。

そして最後は、こちらろくに挨拶もなく、でかい態度で引き上げていった。

いかにも、自分のメンツだけを重んじる行動に腹を立てながら、この5年の

中国経験で、こちらも意識して毅然とその存在すら無視する態度をとった。

内心は、彼女自身いてもたってもいられないほど不安なのだろう。

弱みを見せたくないときほど、意識して尊大な態度をとるのは中国人の

大きな特徴である。

日本企業だからといって、少し日本語が出来る平均以下の中国人を

温存してきた報いがきた。何の技術も能力もなく日本人に媚びていれば、

高い給料をもらえるいわゆる日本語屋の時代はとっくにおわった。

力のない中国人は、メンツを奪われたら退職金代わりの生活補償金が

もらえたら幸いと思って、だまって去るしかない。

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2008年12月13日 (土)

冬の広州散策

香港&マカオで日本からの訪問者案内-広州-香港日帰り客先訪問

-広州での本社出張者対応と多忙を極めた。

どんなに忙しくても週末は買い出し、ジムで運動、街歩きは欠かせない。

いつもどおりうろつくことになった。しかも春のようなぽかぽか陽気であった。

朝8:30からでかけて、KFCで粥、油条(中華式揚げパン)を食べたのち

台湾系スーパーで買い物。急ぎ戻りアパート敷地内ジムで約2時間半の運動。

その足で階下のMACで昼食。

その後は、アパート近くのバス停から233番系統広州第三バスで、環市東路、

小北路ー中山路を西へ行き、陳氏書院まで行き下車。

見事な屋根瓦を見て、中をぐるりとまわった。いつもながら見事な作りで

内部の展示も入場者に配慮し、歴然とした進歩がみられた。

陳氏書院から中華広場まで地下鉄で戻り、クレジットカード勧誘のイベント

をしばし眺めてから徒歩20分ほどかけてアパートにもどった。

ところで行きのバスの内部で60歳台後半の方が突然携帯電話で

話し始めたが、珍しいことにそれは日本人だった。

路線バスで日本人と解る人を見かけたのは、広州に5年も住んでバスを

利用しているが初めてのことであった。

そしてその方は中山七路のバス停で一人で降り、慣れた動きで中国の

街中に同化するように消えていった。それは駐在員風には、見えなかった。

Dsc03850 土曜の環市東路

Dsc03836 陳氏書院屋根

Dsc03840 陳氏書院屋根

Dsc03822 陳氏書院内部

Dsc03845_2 クレジットカード勧誘イベントは新体操リボン?

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2008年12月12日 (金)

客人訪問

中国に駐在していると、本社からの客人の送迎、接待、案内は大切な業務の

ひとつとなってくる。

一昨日来、元気のよい客人を迎え、都合1日半延々と会議を行ったが大変疲れた。

勢い余って夜に及ぶ会議ですら時間が短くお互いの理解を深めるには無理がある。

その客人は早朝の便で帰国していった。午後から重要な会議があるらしい。

この華南からでも4時間弱も飛べば成田につくので、十分勤務時間内にオフィスに

到着して仕事ができる。

この中国からの飛行時間は短く便利な反面、個人にはいいこととは思えない。

出張帰りでも簡単に引き揚げないのが、いかにも日本人らしい。

ところでどの国のオフィスでも、大概いつも遅くまでいるのは日本人だけである。

残業時間に食い込む労働を世界のほとんどの国の人は美徳でもなんでもない

と思っているがまだまだ日本人だけ止められない。

夜も最後までいてオフィスを閉めて朝一番オフィスを開けるまるで門番のような

勤務にいったいどれほどの価値があるのだろう。それを喜びとするには

ちょっと無理がある。きっと非効率と世界では笑われているかもしれない。

日本では画一的だから感じないで済むが、海外では永遠の課題かもしれない。

それでも、日本人は連夜に最後の鍵を閉め、朝は律儀に早々やってくる。

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2008年12月10日 (水)

手口

先日香港国際空港の2Fにある飲茶店で、客人の見送り前に点心を食べた。

・・「点心」という名前は禅語『空心(すきばら)に小食を点ずる』からきたという説や、

心に点をつけることから心に触れるものと言う説がある。

明確な定義はないが、食事の間に少量の食物を食べることなので、菓子や間食、

軽食の類いは全て点心と呼ばれる。  wikipediaより

いかにも中国らしいので、もてなしには適しているが、よくある点心を3点と

ビール2杯。軽くいただいたが会計の値段は若干たかく。200HK$であった。

精算の段で中国の銀行クレジットカードを使用したが、明細書は、あとで

よくみたら湖北省武漢のおみやげレシートだった。

これで恐らく従業員のポケットに50~80HK$が行ったと思われるが、小芝居を

うち小遣いを稼ぐ従業員にみごとな中国社会をみた。うっかり使った下手な

中国語で香港人店員にすっかり田舎者扱いでなめられた感がありありである。

5年も駐在してもまだまだ脇が甘いと実感したのである。

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2008年12月 8日 (月)

広州に深セン経由で戻る

最終日は日曜朝から客人をホテル近所に買い物で案内して、その後
ネイザンロードから歩き始めて右手にペニンシュラホテルを横眼で見て、
ビクトリアハーバーにたどり着き、風が強い湾をしばらく眺めてから
HOTELに戻り12:00前にチェックアウトした。
HOTEL前からはTAXIを使い、カオルーン駅の机場快線に行き、空港に向かう。
空港で飲茶して客人を一時半に見送り、三時過ぎの帰国便で日本に戻っていった。
見送り後机場快線で香港駅まで戻り中環駅で地下鉄、尖東駅でKCRに乗り継いで、
羅湖まで行き、徒歩深センの中国側へ入国。
中国新幹線CRHの二等車は深セン発広州東駅は75RMB。
一時間少々かけ広州東駅へ到着。
広州東駅からは地下鉄を乗り継ぎ、自宅から徒歩30分ほど離れた地下鉄1号線
農講所まで乗車する。
夕暮れの中山路、東風路、建設大馬路を歩き続けようやく自宅に到着するのに
香港空港を出て4時間半が経っていた。
香港空港から中国深センのボーダーにつくまで在来線で乗り換えると休まず
行っても2時間半もかかる。
慣れていてこれだけかかるのでこの移動は初心者向きではない。
特に、香港領内から国境を越えて、深セン駅での切符購入は大量の中国人に
揉まれての切符購入と乗車までの時間は少なからず緊張を強いられる。
社会の安定という観点から、この香港→中国は移動して見ると肌で実感できる。

Dsc03717 香港駅と中環駅を結ぶ通路

Dsc03716 地下鉄車内・・赤と黄色

Dsc03789 KCR社内・・これまた赤と黄色

Dsc03790 KCR 深セン駅

Dsc03706 新幹線 広州東駅

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2008年12月 6日 (土)

再びマカオへ

Dsc03780 TURBO JET FERRY乗船 マカオ-香港間

久々マカオに行った。行きはFirst Ferryで九龍から一時間二十分。

香港へ戻るのは、香港島上環まで、TURBOJETで一時間。

両者に大差はなく、船を漕ぐがごとくゆっくり左右に揺れながら突っ走る船は、

椅子も座り心地が大層よいので、すっかり熟睡をさそうほどであった。

前回2007年5月に訪問して以来の訪問だったが、人間の欲の渦巻く

街なのはあらためて実感できた。

世界遺産とともにカジノ、貴金属店、サウナ、夜総会(ナイトクラブ)、質屋と

いったあらゆる人間の欲望が混ざって見える実に混沌とした街である。

ニューリスボアホテルの各フロア一杯に広がるギャンブル台、舞台で毎夜

繰り広げられるという日本AV女優によるショーの大看板。いやはやである。

思いつく限りの欲望を曝け出すこの情景には、驚愕である。

良くも悪くも中国人のおおらかさが、共産党の重石が取れるとこういった形で

欲望が表に出てくることが発見できたような気がする。

宗教の面でも大陸とは違い、より身近なキリスト教感覚がある点が面白い。

そういった意味でマカオという街は非常に興味深いものがある。

生い立ち、立地からしてなるべくしてこうなっただろうと思うことと、

これから一体どうなって行くのだろうと行く末も併せて興味はつきない。

ギャンブルやお金に縁のない我々庶民は、7HK$のエッグタルトを食べて

3.2HK$の市内バスで市街地からフェリー乗り場に向かい香港にもどった。

Dsc03758_2 マカオ イミグレーションは改装整備されていた

Dsc03761 世界遺産の看板的存在 聖パウロ天主堂跡

Dsc03773 世界遺産 セナド広場

Dsc03778 ニューリスボアホテル&カジノ(街なかに聳え立つ)

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2008年12月 5日 (金)

香港に行く

今朝、会社で朝急ぎ少しだけ仕事をして広州東駅発10:17の列車で

香港にやってきた。香港では、日本からの客人を空港で迎えて、

机場快線-地下鉄で九龍にもどり、定宿にしているGUANGDONG HOTEL

にチェックイン。その後夕方スターフェリーで、香港島中環に行き、そこから

15番のバスで一時間半かけて、山頂に行き百万ドルの夜景を眺めた。

十二月のVICTORIA PEAKはさすがに寒く、早々の退散となった。

その後、ケーブルカーで麓にまで戻り、観光客のハングル語が飛び交うなか

バスを待ち、やがて30分以上経ってようやく来たバスで中環まで再び戻った。

中環からは地下鉄で湾をくぐり九龍まで戻り、そこら辺の食堂でいかにも

香港中華風な猥雑な夕食をたらふく摂ったのである。

客人も仕事で疲れており、早めに明日のマカオでの戦に備えることとなった。

Dsc03731_2 九龍から香港島越しの夕陽・・絵になる景色

Dsc03734_2 スターフェリー 湾なのに結構揺れる 2.2HK$

Dsc03740 おなじみ百万ドルの夜景・・これまた絵葉書のよう

Dsc03747 The Peak Tramは100年以上の歴史を刻む

Dsc03751_2 Tram内飲食は1000HK$、喫煙は5000HK$罰金

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2008年12月 4日 (木)

広州雨模様

この時期に珍しく、朝方2か月振りに雨が降った。

乾燥していたところにようやく、潤いが感じられる。

昨日まで出張でいた北京、天津は、どんよりしたいかにも大陸の冬らしい

気候であった。

中国の冬は、特に北に行くと気温だけではない底知れぬ重苦しさを感じる。

高速鉄道、高速道路、空港施設とインフラ整備は進んでいるが、気候だけは

変えられない。

気候に無頓着で居ても、寒くて多少風が強くても冬の抜けるような青空がある

日本の関東地方などは、実に貴重でありがたいものだと改めて思ってしまう。

住めば都という言葉どおり、長い中国生活は不快ではなくなっているが

やはり、しっくりこない印象はずっと付きまとう。

ただ、いまだ生活していくうえでの日々の出来事には興味深いものがある、

しっかりWATCHINGして行きたい。

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2008年12月 3日 (水)

北京&天津ご挨拶の旅

北京&天津に挨拶を兼ねて出かけた。この時期は真北の2100kmかなたにある
北京は広州との気温差が激しいので移動にも気合が入る。
12月1日昼12:00広州発の南方航空は、広州-北京-ハノイという国際線の
国内区間である。737-800の小さな機体で、広州から北京経由でハノイまで
行く変わった客は5~6名と少ない。恐らく、北京から乗り込む乗客も20人前後は
いるのだろう。
15:10ほぼ定刻に北京空港到着。
机場快線という北京オリンピックを機に出来た電車で北京市内の東直門まで移動。
移動時間が短いが、箱ものだけ出来ても運用では問題がある。
まず北京空港で入口のエスカレータを探すのが大変。
そもそもエスカレータ付近に電車搭乗の案内表示がない。それと電車の椅子が
堅いのと、座席ピッチがせまい、スーツケース収納がない。
東直門駅で地上に出る昇りエスカレータがないので、階段を荷物を抱えて
上がることが問題だと思う。
2回も乗車拒否されてようやくTAXIで到着したHOTELは、以前一度泊まった、
北京HOLIDAY GARDEN HOTEL。
部屋は6畳の和室、クローゼットがふすまという凝りよう。
寝床に寝室用行燈まであって障子を閉めるとすっかり和室である。
夜は知り合いのパートナー会社の方と一緒に、雑技を見る。
雑技の完成した芸には驚いた。ミスがないのは厳しい練習の賜物だろう。
ほとんど学校に行かず毎日みっちり練習をしているらしい。
いいものを見せてもらった。
上海の方と合流して粥を食べつつ3人で話、その後足裏マッサージに行き
12:00にホテルに戻る。
北京では、翌日2日は3箇所を訪問して、夕方5:00前に北京南駅から新幹線で
時速330Km/hが最高スピードで30分かけて定刻で真新しい新天津駅につく。
オリンピックの恩恵で鉄道インフラは、北京-天津を30分でつなぐことになった。
途中に大きな街は皆無なのでノンストップである。
夜は、仕事の関係が長い会社の人と一緒に食事をとり旧交を温めたのである。
翌日3日は昼過ぎまで天津の会社に訪問して会議ののち、空港にむかう。
これもオリンピックを機に大層立派になった新しい空港から、海南航空を利用。
海南島(中国のハワイ・ベトナムの東沖)の航空会社は、夏場は乗務員が
アロハシャツで乗務する場合がある。リゾート気分満点の演出である。
さすがにこの時期は普通の長袖のスーツ制服であった。
その航空会社便は、満席の乗客を乗せ夕方5:30着で広州に戻った。

Dsc03667 北京の3☆ホテルは驚きの六畳和室

Dsc03680_2 雑技団を観る

Dsc03687 雑技団を観る

Dsc03688_2 超近代的な北京南駅

Dsc03689 北京南駅中央付近

Dsc03700 北京-天津新幹線は最高速330Km/h

↑ この辺が中国式でおかまいなし、汚い手書きの号車番号表示では、

ご自慢の国産最新技術の高速鉄道が泣こうというもの。

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