中国駐在最後の大晦日
日本へ帰任することが決まって、来年早々に5年2か月の任務が終わり、
撤収することになった。
そして、中国駐在生活最後の年の瀬である。
長いようであっという間の鎬(しのぎ)だった。思えば、2003年SARS直後の
11月に上海に上陸して2日後広州に移動して以来、時は流れもう2009年
が眼の前である。
3年10か月住んだアパートから見える景色は、圧倒的に増えた車の多さと
中国とは思えない豊かな暮らしをしている広東人だった。
同時に、乞食物乞いを見ない日もなく、子連れの乞食にお金をせびられることも
日常の出来事だった。暑くても寒くても路上で転がる人々を避けながら歩くこと
にあまり抵抗もなくなった。つくづく慣れとは恐ろしいものである。
歩道橋では違法で売られているDVDは、ほとんど取締りなどされず
放置されていた。中近東、アフリカの商人は明らかに増えてきた。
そして、あきらかに西からやってきたという顔立ちの人々が歩道橋に陣取り
様々な工芸品、骨董品を売っている。簡単な工芸品などその場で作っている。
屋外といえば羊の肉の串焼きを食べながらのなまぬるい珠江ビンビールは、
暑い広州の夜の路上ではかかせない。ささやかな庶民の楽しみであった。
食に貪欲な広東人は夜中でも重い食事をする。朝の4時に食べた蛇料理
などは、不健康の極みであった。懐かしく思い出す。
そして静かな大晦日の夜が過ぎていく。
今日は、年越しそばをゆでて、紅白歌合戦をみることにする。日本から
1時間遅れの年越しである。
2009年は、今年よりよい年になるといい。
だが元気で働けて、家族ともども無事であれば多くは望まない。
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