2009年6月21日 (日)

エコカー減税

乗り出しが1993年夏だから、丸15年が経過している乗用車に
なかば意地でいまでも乗っている。
カーナビもETCもなく、ないないづくしだが、エアコンはまだ効くし
高速走行でもさしたる不便を感じない。
ところが、一年車検は許せても、自動車税は、このところ毎年通常の税金
からさらに10%増税である。
新製品も買わないで納税に非協力で不誠実な消費者へは、国をあげて
ゆさぶりをかけるのである。
古くなって当然ブレーキランプが切れたり、ブレーキペダルがヘタリ気味
だったり、ヘッドライトカバーが劣化して白色化したり、ワイパーの不規則な
動きなどもある。
こういった老化現象が愛車に相次ぐが、それが特に問題になるわけではない。
ランプなど交換すればよく、ブレーキなどしっかり踏めばいい。
そうは言っても、1年車検はもうすぐやってくる。
7月末までに、16年目に突入するか、買い替えの術中にはまるかの選択に
迫られる。
店で見積もりをとった。購入希望車がエコカーだと減税対象で、取得税&
重量税ともに75%も引かれてグッと安くなる。
大体、車の本体価格も15年前からみても割安感がある。
失われた10年を経過して、給料は変わらず消費者物価もさほど変化なし。
会社や世間の期待する右肩上がりに世の中全体がそうなっていない。
車は13年を超えて乗っているので、最大25万円の国の補助があり戻ってくる
該当しているので還付予定である。
店での見積もり金額から、補助金をさらに差し引くと、とんでもなく安い出費で
新車が手に入る。1300CCでもまるで軽自動車と大差がない。
HYBRID車ならさらに安くなるなるが、ぞこまではこちらの経済事情が許さない。
あの手この手で新車を売るのに、国を挙げて懸命である。
日本の基幹産業である製造業の雄である自動車産業は、景気回復を牽引して
我々庶民に幸せをもたらすのだろうか?
確かに、15年ぶりで自動車ディーラーで見た新車は、アイデアと機能満載の
かたまりに進化していた。
思案のしどころである。

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2009年6月14日 (日)

液晶TV導入&HDMI CABLE接続

先週、とうとう液晶テレビを購入した。
11年近く使っていて、機嫌が悪い日だと画面が15分ほどで消えてしまい
音声だけになってしまうSony製19インチテレビデオから、32インチ
液晶テレビDigital Hi-Vision対応Sharp製に買い替えた。
前回のTV購入から10年経過して日本のまだ得意な分野であるデジタル
AV家電の進化は、実にすばらしいと実感した。
購入は無論、地デジ対応目的だが、文句なく美しい地上波デジタル画像が
見られるようになった。
ところがBSの映像が従来の接続だとアナログになって滲んでしまい、極端に
見劣りがする。
そこで、CATVのSET-BOXから直接、HDMIケーブルを液晶テレビに
接続した。
それともう一本HDMIケーブルをHD-DVD RECORDERからも
液晶TV端子に接続した。
そのCABLEは、米国の会社が中国で製造したものを大手家電量販店が
輸入販売しているもの。Rocketfishなる聞いたこともないメーカーであった。
パナソニック,マスプロ電工,JVCといった日本製より若干安いが、硬い武骨な
扱い難いCABLEは、さすが米国向け仕様である。
『HDMI』は、たった一本のケーブルで、映像と音声を高品位なデジタル信号で
やり取りできる、最新のインターフェイス(接続)規格である。
複数の映像ケーブルや音声ケーブルを必要とする、従来のアナログ方式に比べ、
接続がシンプルで簡単という大きなメリットがある。
また、やり取りできる映像や音声の品質が高く、伝送中の劣化も皆無な事から、
AVファンにも注目されているのである。
今後、『ブルーレイ』や『HD DVD』といった次世代DVDプレーヤーを、
高性能テレビ(モニター)へ接続する場合など、この『HDMI』が主流になるのだろう。
実はHDMIは「バージョン」による「互換性」の問題が有り、注意が必要。 
HDMIは登場以来、より高機能へと進化するため、何度かバージョンアップを
行ってきた。
よって、「HDMI」と一口に言っても、いくつかの「バージョン」が存在し、利用できる
機能が異なる。
最新VERSIONは、Ver.1.3a カテゴリ2(High Speed)。
つまり、プレーヤーなどの映像を送り出す機器、テレビなどの映像を受け取る
機器を組み合わせる際、「バージョン」の確認を行わないと、「自分の
欲しい機能が実現できない!」という悲劇が起こり得る。
表面上で良く似たデジタルインターフェースで『iLINK』がある。
『iLINK』は、元来パソコンと周辺機器間で、高速かつ双方向にデータを転送する
インターフェイスとして規格化された『IEEE1394』の別称である。
以前からある『IEEE1394』は、データをやりとりする規格自体の名称で、用途や
発売元のメーカーによって、『FireWire』(MACパソコン)、『DV端子』
(DV方式のムービーカメラ)、『iLINK』(AV機器)と呼び方が変化する。
私もPCから大容量の外付けHDへのインターフェースとして使ったこともある。
元技術者としては、休日を使ってデジタルケーブルを接続して高画質画面を
眺めていると、改めて技術の進歩に驚くばかりである。
ただ、リモコンを2台3台と複数使わないと正しく動作しないのは、どう考えても
消費者にやさしくない。老人や女性にはハードルは高いだろう。
そのうえ附属している分厚い取扱い説明書と、まだまだ難解な説明文章。
機械オンチには、またひとつ面倒なことが増えたに違いない。
全米のテレビ局が6月12日、地上波アナログ放送を打ち切り、デジタル放送に
完全移行したニュースがあった。
2011年7月に完全移行する日本に先行、これはテレビ放送史に残る歴史的な
技術変革となる。
米国はケーブルテレビが広く普及しているためさしたる混乱は起きていないが
「知らなかった」との苦情も各局に寄せられた。
まだ地デジ未対応が200万人以上いて、対応に追われていると報道があった。
社会的弱者や貧困層にもおかまいなく、その技術革新の波は押し寄せる。
どこかメーカーのCMで「ひとにやさしい先端技術」とか言っていたが、
ぜひそう願いたいものである。

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2009年6月13日 (土)

Interop2009に千葉幕張に行く

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Dsc04928

どうも、そんな展示会があったことをすっかり失念していたが

私の属する業界で屈指の大展示会を千葉海浜幕張に見にいった。

事前予約なしでも、当日登録すれば見られる。

業界関係者で、朝から賑わっていた。

当社もおつきあいでグループ展示していた。

世界同時不況のせいか海外からの出展は数えるほどと少ない。

知人で昔仕事で縁があった人との再会も数人あった。

目新しいものはあまりなく。説明員の懸命な説明も、数か所で聞いたが

さしたる驚きも感じなかった。

携帯電話がさらに進化し、無線LANが速く大容量で安全になって、

TV会議が高画質になって、IPTVが安定性を増していた。

会場内のネットワークは、とにかくひたすら高速大容量を目指していた。

この手の見学は日本で7年ぶりだろうか?

2年半ほど前に香港でのITU展示会には出かけた

その香港展示会からも2年以上経って、今回は私には新鮮に映らず

むしろ色褪せて見えた。

そして、世界中で現在使用しているIPv4は、2011年でアドレスが枯渇し、

IPv6というVERSIONに切り替わる。

中国赴任前の2002年頃に、IT不況直後ということもありその頃から

IPv4とIPv6の共存にビジネスチャンスを懸命に見出そうと

したことが懐かしい。

そうなのだ、この業界は、同じネタを焼き直して10年近くこねまわして

いるようだ。

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2009年6月 6日 (土)

上野東京国立博物館 阿修羅展に行く

金曜夕方、8時まで展示が見られる興福寺創建1300年記念

国宝「阿修羅」展を上野東京国立博物館に見にいった。

いよいよ日曜までの展示で最後の3日間である。

これを逃せば7月以降に九州まで行くしかない。

金曜夕方の時間帯は、土砂降りの大雨のなかちょうど一時間待ちの

長蛇の列、正面から横から、そして真後ろからもと360度眺められると

いう貴重な展示である。

===

興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」

天平伽藍(てんぴょうがらん)の復興を目指す興福寺の

貴重な文化財の中から、阿修羅像(あしゅらぞう)をはじめとする

八部衆像(国宝)、十大弟子像(国宝)、中金堂基壇から発見された

1400点をこえる鎮壇具(国宝)や、再建される中金堂に安置される

薬王・薬上菩薩立像(重要文化財)、四天王立像(重要文化財)など、

約70件を展示いたします。

特に、八部衆像(8体)と十大弟子像(現存6体)の全14体が揃って

寺外で公開されるのは、史上初めてのことです。

阿修羅像は天平6年(734)、光明皇后(こうみょうこうごう)が

母橘三千代(たちばなのみちよ))の1周忌供養の菩提を弔うために

造像して以来、戦乱や大火など幾つもの災難を乗り越えてきました。

1300年の時を超えて大切に守り伝えられた、日本の文化といにしえの

人々の心に触れる機会となれば幸いです。

=== 東京国立博物館 HPから

200903ashura01 阿修羅像

この華奢で小柄な少年風な顔は、実にいい顔をしていた。

まるでメッカの神殿を廻る回教徒巡礼者のように、時計まわりに

ゆっくり眺めたが、像にごく近い部分では、がんばって陣取り

いつまでも動かないたくさんの自分勝手な人たちと、それを

きちんと整理しきれない弱気な警備員のおかげで、阿修羅周辺

だけは、問題がある展示だったように思う。

それでも、1300年前の麻布(あさぬの)に漆と木の粉でしっかりと

作られた、実にいい顔をした国宝を見られたのは幸いであった。

また不勉強にもその時代のそれらの像は、木彫りではなかったのは

驚きであった。

こうした貴重なものがみられる日本に戻ってきて良かったと感じる瞬間

でもあった。

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2009年5月31日 (日)

東京

都内の会社に出向していて、東京とその周辺が仕事の担当になって

そろそろ2ヶ月が過ぎようとしている。

都内や近郊を仕事の関係でうろつく機会が増えたが、覚えきれないほどの

地下鉄路線に驚かされ、私鉄、地下鉄、私鉄と相互乗り入れが慣れれば

非常に便利だろうが、実に複雑怪奇に入り組んでいる。

JRも大きく変化して都内を突き抜ける路線も増えていて、

使用方法が解れば便利このうえない。

そして、お上りさんのように、街なかで有名でどこかで聞いたことのある

都会のSPOTを発見して驚くことが多い。

Sn3e0038 三田付近から見える東京タワー

毎日のようにどこかの路線で電車が止まっていても、迂回路を見つけて

置けば遅刻もせずに別ルートで会社にたどりつくという便利な生活もなかなか

悪くない気がする。

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2009年5月20日 (水)

ある中国人に聞いた話1

以前、お金があまりない中国人が、借家を探していた話を急に思いだした。

築浅でも相場から見て10分の1以下の家賃で住めるアパートがあった。

そんな物件は当然、訳ありと思う。その人はしつこく不動産屋に尋ねた。

しばらく言葉を濁していたが、不動産屋はやがて白状した。

強盗事件があり、とある外人(韓国人)が部屋で殺された。

でも、相場からみても絶対お得。しかも、事件から2年も経っている。

私なら、事件から2年でも5年でも住む気は絶対起きない。

でも結局、その中国人は腹をくくってすむことにした。

事実を知ってしまったらどうするかで、中国人と日本人の腹の

くくり方を考えると興味深い。

この場合、お金の問題を超えるのか?

所詮賃貸アパートで仮住まいなら、お金だけの問題だろうか?

この事象に中日比較を考えると大変興味深い。

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2009年5月17日 (日)

土曜ドラマ「遥かなる絆」を見る

「中国残留孤児」という言葉さえもまだなかった1970年、羽田空港に

一人の青年が降り立った。

25年ぶりに実の両親との再会を果たしたこの青年には、しかし

祖国日本でも困難な暮らしが待ち構えていた。

そして生まれた娘は父の故郷中国へ留学することになる。

そこで知った父のかつての姿。

日本と中国、ふたつの愛情の間で奮闘してきた父の軌跡を娘は追い始める。

そこから娘が受け取った珠玉のメッセージは… 

大学生の娘の目を通して、国境と世代を超えた命の絆を描く。

NHK ON LINE より

あの「大地の子」から、もう14年の歳月が過ぎたらしい。

なかなか今回も濃い内容であるドラマを毎週土曜夜に見ている。

出演している日本人も中国語がかなり上手であり、見ごたえがある。

以前は見てもさほど、感慨もなかっただろうに、足かけ6年の間に

中国と中国人に深く深くかかわった分だけ、私の視点が

大きく変わった気がする。

来週はいよいよ感動の放送最終回である。

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2009年5月11日 (月)

新入社員面談に日本の今を感じる

先週末、一日かけて部門配属になった新入社員の面談を行った。

工業高校卒業が半数、それ以上の学歴が半数で合計15名。

ほぼ全員が関東近辺の工業高校卒業生か普通高校から

理系専門学校卒業である。

家にお金があっても、少しくらい無くても奨学金が5万円から10万円

借りられて、大学に行ける恵まれた時代に、高校卒業でいきなり

社会人である。

つまり平成2年生まれ、平成3年生まれで西暦1990年、1991年

以降に生まれた子たちである。

当然、離婚や経済的事情さらには両親の無関心もあり「訳あり」が

大半である。

日本の格差社会というのは想像以上に厳しい。

工業高校卒業の子はほとんど、部活動をやっていない。

学校の許可を得て、毎日5時間程度も学校から帰るとアルバイトを

おこない、小遣いと家の生活費を補てんしているのである。

つまり部活動出来ることも、恵まれた学生生活の証しなのである。

両親が離婚して、母親がパートで妹がまだ中学生といった状況では

選択肢は就職しかないのだろう。

若干恵まれた側に偶然立って、子育てが出来たのは幸運である。

大学に行きたくても、出来ない立場の子も多い現実。

そして、不況が長引くとこれからもっと増えていくことだろう。

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2009年5月10日 (日)

高麗から飯能へ武蔵丘陵をいく

ようやく晴れた週末は、最近恒例の関東周辺駅から歩くハイキングで

低山をめざす。

常磐線、武蔵野線、西武池袋線、西武秩父線を乗継ぎ

高麗まで2時間少しかけて行く。

秩父方面を目指す多くの中高年に紛れて、秩父線高麗駅で下車。

そこは半島の高句麗人が移り住んだところで有名、駅前の看板には

日本語併記でハングル文字。

巾着田の彼岸花でも有名なところで、その反対側の駅前の住宅地を

しばらくだらだら登り、ハイキングコースに入り、山道を天覧山から、

十六羅漢をみて飯能駅前で食事をして帰路についた。

木立が美しい整備されたハイキングコースで、やや短いが

それなりに変化と天覧山からは飯能の街が一望できた。

いいコースだったが、あいにくコンビニが見当たらずいつもの

おにぎりと味噌汁を入手できなかったのは残念であった。

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2009年5月 7日 (木)

GWが明けて初日

朝から新入社員の前で、2時間近く話した。

15名の前でそういった機会が与えられたので喜んでさせてもらった。

8日間の長期休日のGW明けなのに頭がクリアなのは、1週間以上

仕事で頭を使っていなかった為か、口をついて比較的よどみなく言葉がでた、

ついつい言いたいことを若者に語ってしまった。

ほとんど居眠りもせず、みなさんよく聞いてくれたが、いまどきの

新入社員の反応は非常に鈍い感じがした。

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2009年5月 6日 (水)

千葉県柏市手賀沼近くでBBQ

5月5日こどもの日、友人たちとBBQ大会を企画。

柏市手賀の丘公園は、木立のなかでBBQができる。

新緑のなか、雨が落ちてくることを気にしながら、2時過ぎまで

総勢10名でGW長い休みの楽しい一日を過ごした。

ブラジル仕様の肉とチョリソーを焼きながら、キムチ鍋を食い、

締めは焼きそばビールを飲みながら満足のいく内容だった。

子供が昔、お世話になった人々と10数年ぶりの再会。

天気はどうにか持ち答え、夕方には本格的な雨となった。

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2009年5月 3日 (日)

GW中国から帰国

朝から広東名物飲茶で最終日が始まり、頼まれていた薬を薬局で購入。

元会社の運転手で今は旅行会社をやっている中国人の運転する車で

空港まで送ってもらい、午後の便で帰国した。

たいした土産を持ってきたわけでないのに、いつもながら大変義理固い

人である。おそらく、ごく稀な中国人であろう。

日本行きは、14時台の30分の間にJALだけでも3方面に飛んでいる。

名古屋へのツアー戻り客や大阪行きはそれなりの乗客だったが

東京便は10%から15%程度の乗客でガラガラであった。

用意したおつまみや酒がたくさん余ったのだろう、念入りに勧めてきた。

機内ではNHKニュースと映画の、グラン・トリノを1.5回みたところで

飛行時間3時間半で成田到着。20分遅れて出発も20分早く着いた。

空港内では厳戒態勢、職員だけは全員マスク着用のなかで

検疫、イミグレ、税関と通過。

GWの中間なので、非常にスムーズな帰国であった。

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2009年5月 2日 (土)

GW中国3日目、4日目

3日目は、朝からバスで北京路に向かい、頼まれ物の漢方薬やら

文具を購入。

Dsc04828 北京路の休日は大勢の人出

Dsc04827_2 店先で手作りぎょうざ作成中(その場で蒸す)

ものすごい人ごみのなかでの買い物、しばらく歩くとユニクロ広州北京路店

があった。商品の値段は、大体衣料専門店の1.3倍から1.5倍と買えそうな

値段の設定がにくい。

Dsc04831 ユニクロ広州

外の圧倒的な人ごみから比較すると店内は人影もまばら。

それでも、いかにもユニクロらしい靴下、Tシャツの多色販売は健在であった。

ポロシャツも日本で売っているものとみた感じの品質は同じ。

北京路を含めて街かどでは、子供の立ち小便は当たり前、ごみ箱にまたがらせ

子供の大便はやはりいただけない。下痢便もおかまいなし。

そのゴミ箱をさらにあさる人々がいる。

特に空きペットボトルはお金になるので、ゴミ箱に群がる人があとを絶たない。

中国の衛生概念は、まだまだ厳しい現実である。

一方、無菌大国となって豚インフルエンザと真っ向から戦うお国は、はたして

いかがなものだろうか?

かつて野菜に人糞をまいて育てていた国の進化した姿がそこにある。

免疫力、抵抗力不足は先進国の証しでも、なにやら少し情けない気がする。

その日はさらに、台湾系スーパーでおみやげを買いたしておみやげは終了。

夜は、以前よく通った日本料理屋で食事後、旧知の方と合流。いつまでも

飲み続け深夜まで別の日本料理屋で閉店まで粘り解散。

その後、深夜営業の足裏按摩で1時過ぎまでいて充実の日の日程は

無事終了となった。

4日目

Dsc04850 白雲山登山風景

Dsc04855

音楽に合わせてダンスチームが随所で繰り広げるサークル活動

翌4日目は朝から白雲山の山登りをした。黄金周(週)の間なので

入山料が20%OFFとなっていた。とは言っても5元から4元

ものすごい人ごみでかき分けないと、前に進めない。人で渋滞していた。

山の賑わいも、眺めて麓が見えないほどの大気汚染では、楽しみも

半減である。

Dsc04859

豆腐花(これは甘いが味の異なるMENU多数あり、一杯5元70円)

白雲山に行けば必ず山のどこか食す名物豆腐花と粽(ちまき)を食べ、

ウズラの卵(5元70円で15ヶ)を食べて初夏の陽気の広州の山歩きを

とにかくやたら大量にいた中国人とともに楽しんだ。

そして夜は昨夜の友人たちと広東海鮮料理で蝦蛄(しゃこ)海老、ホタテで

広州最後の夜を締めくくった。

その海鮮料理店へ道すがらには道路際や歩行者通路には行き倒れとも

物乞いともつかぬ人々や手が無かったり、足が腐っていたりして、

のたうちまわっている現実があった。その格差は、やはりすさまじい。

世界同時不況でまだ成長カーブの中国でもその手の人々は、確実に

増えてきたように見える。

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2009年4月30日 (木)

GW中国2日目

朝は、同行してきた人と朝食をHOTEL最上階で摂り、中国の会社に向かう。

連休前でもあり、会社内は閑散としていた。

その後、午後は銀行のあとHOTEL近辺で自由行動となり、部屋で休息のち

夕方は、広東海鮮料理を以前住んでいたアパート裏手で白雲山方向の通り

沿いのやや小ぶりな「鴻星海鮮料理店」で食した。

環市東路沿いの巨大で派手な本店より値段も手ごろで、いわゆる

ごく普通の広東料理店であった。

生け簀の魚介類は、やはり新鮮である。人気があるのがよくわかる。

その後、会社の土産物でお茶とタイガーバーム買い、広州で馴染みの床屋で

散髪してHOTELに戻った。

広州交易会期間にも関わらず、世界各地からのBUYERはさほど目につかず、

随分と様変わりしたようだ。

輸出がこれほどしぼんでしまうと、内需がよほど元気にならない限り13億人の

生活が危うい。

いち早く景気回復することで世界を牽引してほしいものである。

Dsc04820 相変わらず大気汚染がひどい広州市

Dsc04822 中央が約4年住んでいたサービスアパート

Dsc04817 数日前の海浜幕張、大気の汚染差は歴然

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GW中国華南の旅

この3月末あたりからGWを中国に行き、過ごす計画であったので実行に移した。

この数日の豚インフルエンザの急速な拡大で成田空港では、全身防護でさらに

マスクをした検疫官が通路で目立っていた。

当方の中国行きは、定刻15分遅れで機内に入ったが、よりによってメキシコ

からの遅れて到着した直行便の乗継を待ち、60分近く機内で出発を待っていた。

いよいよ出発と思いきや、着席した乗客が具合が悪くなり検疫官が出発の可否を

判断するためさらに一時間の機内缶詰となった。

担当者が出発の判断したときには、既に出発時刻を2時間過ぎようとしていた。

それにしても、この時期メキシコ人たちと小さな飛行機で乗り合わせるとは・・・

防護マスクをつけたものものしい人たちはさすがに乗り込んで来ないが

気持ちのいいものではない。

機内の個人用TVでは、「汚染列島」なる映画までたっぷり見てしまった。

まさにパンデミックの理解には最適である。

SARS沈静化直後の広東省に駐在を始めた2003年を思い起こさせた。

深夜12時過ぎに到着した広州空港では、サーモグラフこそ使用していたが

その他まったくといっていいほど検疫は、無防備であった。

HOTELにチェックインして午前1時過ぎからなじみの足裏マッサージに行く。

さすがに午前2時には閉店だが、最終客で1時間ほど足と肩の疲れをとった。

60分で1000円とは相変わらず随分安い値段である。

そして外は真夜中でも23度とちょうどよい気候でもあった。

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2009年4月26日 (日)

川越の街小江戸にいく

若干風があったが、昨日から一気に快晴になったので川越にいく。

常磐線、武蔵野線、埼京線と乗継ぎ2時間ちょうどで到着。

朝の連続ドラマで初の埼玉からということもあって、観光客で

大混雑であった。

市内観光地をぐるりと歩いて巡り、樹齢600年という巨大な

イチョウも眺めて、名物のイモ菓子を買って帰途についた。

帰りは東武東上線、武蔵野線、常磐線で1時間40分と

乗継もよくさわやかで見どころも多い首都圏散策であった。

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2009年4月19日 (日)

笠間日動美術館・マラソン帰りの同級生と再会

茨城県笠間市という、笠間稲荷神社で有名な街を散策する。

笠間稲荷、笠間焼き、笠間つつじまつりで知る人ぞ知るところである。

それほどのものがあっても街興しは、苦戦していて一部を除いて人影も

まばらである。日本中同じように、車社会なので大規模ショッピングセンター

電気量販店だけは車と人は居ても、その他のところでは閑散としている。

笠間日動美術館では、岸田劉生の特別展の最終日であった。

つつじまつりは昨日18日から開催していたが、まだ花が十分開いて

いないため、そこに向かう人はほとんど見られなかった。

Dsc04771 笠間日動美術館

夕方にかけて、かすみがうらマラソンで完走した同級生がやってきたので

牛久シャトーでBBQを食べ、ビールとワインを飲んで久々楽しい語らいの

ひと時をすごした。

そして同級生は、単身赴任先の熊谷目指して帰っていった。

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2009年4月18日 (土)

続・花見

新緑が美しく八重桜や山吹が見ごろの市内の自然観察の森に行く。

Dsc04763 八重桜

Dsc04751

Dsc04748

Dsc04740 山吹

Dsc04746 新緑

八重桜と山吹がちょうど見ごろであるが、人影はまばらであり

ゆっくりと花見ができた。中国で見られなかった分を取り戻すかのように

実にたくさんの花見が今年はできた。

結構なことでありがたいことである。

水温む季節で、森のなかの池では、一面のおたまじゃくしがみられた。

春本番で実にいい季節である。

Dsc04743 おたまじゃくし

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2009年4月12日 (日)

渡良瀬遊水地で田中正造を偲ぶ

JR常磐線、東武線さらにJR東北線を使って、古河から渡良瀬遊水地を目指す。

渡良瀬川の下流の堤防で、シートを拡げてコンビニおにぎりで昼食。

携帯コンロで湯を沸かして、味噌汁、コーヒーを飲む。

以前から一度訪れたかったが、今回は、JR古河から三国橋経由で歩いたので、

旧谷中村の歴史とか北部に位置する史跡をみることはできなかった。

それでも渡良瀬遊水地は、広大に拡がっていて関東各地への水道水の

供給地として大きな存在意義を感じさせてくれた。

まさに公害の原点であった足尾鉱毒事件の政府の対応は、公害を

水害とすり替えるという現在にも通じる狡猾さは、しっかり学んでおきたい。

大企業の富国強兵の国策に乗った癒着も見逃せない。

皮肉にも、現在の渡良瀬遊水地は日本最大級の湿原(釧路湿原に次ぐ)

となっていると聞く。

結果的に大自然を確保できたことは、救いの産物だろう。

かの国での現在もひどい公害垂れ流しを先駆者としての日本を学んで

ほしいものである。

Dsc04721 渡良瀬川 

Dsc04726 渡良瀬遊水地

Dsc04727 渡良瀬ポンプ場

Dsc04731

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皇居周辺東京の桜を観る

日本にいたときも、皇居周辺の桜を観る機会がなかった。

職場が千代田区になったこともあり、千代田区界隈を散策した。

水道橋から出発、古書店街を経由して皇居から国立公文書館経由

北の丸公園、千鳥ヶ淵、一番町、半蔵門まで歩いた。

桜の散りぎわと新緑の始まりと実に良い季節を東京のど真ん中

を散策すると、外人とジョギングの人間にやたら会う。

実に洗練された日本の中心でもある一帯は、穏やかに晴れていた。

Dsc04688 平河門周辺

Dsc04693 皇居

Dsc04704 北の丸公園(桜の花びら)

Dsc04709 北の丸公園(桜の下は一面花びら)

Dsc04711 千鳥ヶ淵方向首都高速道路環状線

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2009年4月11日 (土)

お母さんといっしょ

4月から職場が変わって、さっそく病気通院で休んで埼玉のエリアで

稼働していない部下の実態調査と対応を指示することとなった。

21歳とのことだが、これまで随分甘い対応だったのか、腫れものに触るのを

避けていたためか、会社呼び出しをかけたところなんと母親に連れられて現れた。

いまどきの青年でひとによっては、母親同伴でないと会社も来られないらしい。

母親を通じて、1か月1度の診断書を出してルールに従った病欠にするよう

指示を出した。その就業規則の説明すら本人にされていなかったらしい。

しばらく日本を離れていると、以前から当然いたであろうどうにもならないその手

の青年がさらに増殖していることに驚きを禁じえない。

さらに会社で暴力沙汰を起こしては、営業所を転々とする不良社員や

モラルの低い社員の言動を見聞きするにつけ、グローバルスタンダードに

日本もいよいよ近づいてきたという感想をもった。

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2009年4月 5日 (日)

神田神保町 台湾料理店

金曜夕方に、昔からの仕事の友人が芝公園から神田にやってきた。

神田界隈で、交流会ということで神保町から水道橋駅にむかって白山通り沿い

の割引券を持った呼び込みのいた台湾料理屋に落ち着いた。

店員は全員台湾人、日本語も巧みにあやつり、何よりさすが商売上手である。

乗せられて、エスニック料理風つまみを次々頼み、おまけに店で一番高い

紹興酒まで飲んで。二人で割引後、支払いは8000円。

最高級台湾紹興酒をボトル1本入れたことを考えるとかなり安めである。

確かに、噂にたがわず東京の真ん中の千代田区でも格があるらしく

古書店街は、物価は安いようだ。

気取らずに飲めて、おもしろい北京語も通じる。面白い週末の神田界隈で

あった。帰路の上野駅は、金曜夜の花見客でひどく混雑していた。

週末喧噪に、日本に帰って来たことを実感した。

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2009年4月 4日 (土)

桜のトンネル

念願の桜を観る。

朝8時半から、目的の茨城つくばから東京に向かって南西側に

位置する旧谷和原村福岡の堰に車を走らせた。

8年ぶりに訪れた小貝川の農業用灌漑水の土手にある桜の

トンネルは、古木550本を配していた。

5分咲き程度が主体だったが見事に咲いていた。

そめいよしのの薄いピンクは、驚くほど可憐で心にせまってきた。

朝も早くから、訪れる人も多く、10時には駐車場も満車状態。

桜が大好きな日本人を実感した。

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2009年3月29日 (日)

「橋のない川」作者の庭先で花見

近所で、自転車でも5分ほどのところの牛久沼のほとりで小説「橋のない川」

の作者である、故住井すえさんの庭先に20名ほど集まり、恒例の花見会

があった。桜がほとんど咲いていない巨木の下で久々に知り合いのおじさん

たちと酒を飲み、天ぷらを食べた。

幸い、いい天気で風もなく、最高のコンディションであり久々に旧知のみなさんと

大いに談笑して楽しんだ。ついでにバザーでホットプレートを500円で入手出来た。

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2009年3月28日 (土)

家庭内無線LAN再構築

2002年頃、その頃ようやく実用なって、はやり始めた家庭内無線LANを

設置していたことがあるが、PCも非力でとても遅くてストレスも大きかった。

庭先でも2階寝室でもインターネット接続出来たには出来たが、設定も面倒な

記憶であった。メールとINTERNET接続は、退屈なほど遅かった。

その後、法改正で流行るかと思われた電力線モデムも家庭向けでは空振りに・・

最初の我が家の無線LAN設置から7年近く経って、より速くなって快適に

なってかつ簡単な設定になっている無線LANをまた設置したくなった。

値段も当時と比べて1/3以下で入手でき、とても安くなっていた。

店頭開封品割引、家電量販店会員割引を併せて、無線LAN親機を

7000円強7200円ほどで購入した。

仕様は、IEEE802.11g、b同時使用54MBPS

家のなかでは、アクセスポイントも設置せず、どこでもインターネット接続が

スイスイできる環境があっという間に出来あがった。

ゲーム機にも対応しているうえ、上級機種ではデジタル家電にも対応である。

なるほど、さして広くもないが家の隅々、庭の隅々にまで電波が届き、ほとんど

パフォーマンスも落ちずに接続できる。驚いたことに、家の前の道からでも

問題なく接続できた。下手すると、隣近所にも軽く届いてしまう。

やはり無線LANはセキュリティさえ確保出来れば、非常に便利なものである。

WPA2暗号化方式を採用とあった。ドコモホームアンテナにも対応。

i-mode、携帯電話も利用可能。

日本の確実な技術の進化には感心してしまう。

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2009年3月26日 (木)

進化する首都高速で中央道へ

所用で実家に日帰りで戻った。

中央環状線が中央道までつながっていた。

池袋から、西新宿まで大トンネルがつながっていた。

6号四ツ木JCTから、東北道、関越道方面を左に左によけつつ、

渋滞もなく都心どまんなかを抜けることなく池袋付近で地下にもぐり、

中央道につながる首都高速4号線の西新宿の先に出た。

あとは、中央道まで一直線。

税金は、やはりこうやって使ってもらいたい。

雪の残る南アルプス、八ヶ岳、富士山は素晴らしかった。

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2009年3月21日 (土)

鉄道博物館に日本の技術力を観る

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JR発足20周年記念行事で、秋葉原から大宮に移設し拡大した

鉄道博物館に行った。

それは在来線と新幹線の線路間のJRの広大な敷地内にあった。

技術立国、世界に冠たる鉄道技術はぜひ見ておきたかった。

3連休の中日に、家族づれに紛れて大宮駅から新交通システムに乗り、

5分ほど乗車、入口で入場制限というほどのこともなく、SUICA1000円を

支払で入場した。

展示は蒸気機関車特急、電気機関車特急、電車特急、新幹線と続く

技術の進歩には驚くばかりである。

技術的には、機関車の限界を設備投資の面で決断して、電車特急(こだま型)

の技術開発の成功が新幹線につながる。

1958年営業開始の東海道線在来線電車特急「こだま号」が163km/hを

記録したのだが、わずか6年後には、東海道新幹線が営業運転を開始していた。

驚くべき技術力の高さとすばやく実用化していく力には、敬服するしかない。

子供のころから見て、移動時間は半分以下になり、すっかり快適な

輸送手段になった。

先人の技術へのこだわり、電気、機械、土木、建築といった総合的な

力の結集はすばらしい。材料も通信も部品もあらゆる科学の結晶である。

世界では一般的に軍事関連で進む技術が、社会インフラ発展にひたすら向かう

素晴らしい方向は、誇りである。ついつい、3時間近く館内で眺めた。

見て良かった、大宮に戻り、東口居酒屋街で遅い昼食をとり、帰宅の途

についた。

 交通博物館 ヒストリーゾーン 1F

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2009年3月17日 (火)

黄砂舞う日 新宿高層ビルから一望

夕方にかけて現場訪問のあと、45階の高層展望台から東京を眺めた。

暮れていく東京は、黄砂と花粉が飛び交い、視界は真冬より確かに悪いが、

なかなかの眺めであった。

戦後の焦土からのこの繁栄はすばらしい。45年も前のオリンピック開催も

驚くしかないが、7年後にまた開催地に立候補することも眺めていると

簡単に出来そうな気がするから不思議である。

暮れゆく東京は、巨大な都市であるとつくづく実感した。

展望台から降りるエレベータの背後から、広東語と普通語が聞こえた、

広東省からの「広之旅」旅行団と一緒・・・またまた中国人に遭遇

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2009年3月15日 (日)

中国があふれている

日曜午前、子供の大学の卒業式に参加した。

大学に向かう道すがら、大学生とおぼしき青年二人連れが中国語で話ながら

歩いていた。

卒業式場では、60歳くらいの日本人男性が若い中国人女性と

その赤ちゃんと座っていて、その女性の弟らしき留学生も卒業のようである。

そのおじさんと留学生は、しきりに写真撮影のタイミングを話していた。

別なところでは、別の女性が父兄席で「内モンゴル出身で・・・」と言った

会話も聞こえてきた。

卒業生の勉強の成果があったという学長からの表彰での留学生賞は、

朝鮮族の女性中国人留学生が表彰されていた。

ことほど左様に今や中国人にはどこでも簡単に会えるということが実感できた。

中国語の必要性を益々感じた日であった。

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2009年3月14日 (土)

日本に帰国

昨日の中国でのセレモニーが無事終了し本日帰国となった。

朝から市内視察をおこない、買い物をして空港に向かう。

車の窓越しに見えた中山祈念堂の広州の花(木綿花、紅綿花)の

樹齢300年の巨木は見事だった。陳氏書院は、修復中であったが

見事な屋根瓦は相変わらず見る者を圧倒する。

定刻で飛んだが、着陸態勢時の乱気流を恐れての機長までもアナウンス

パーサーからもアナウンスが繰り返され、シートベルト着用を促していた。

日本帰国の広州からの3時間半は、映画1本と食事と睡眠で瞬く間に

成田上空到着と相成った。

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2009年3月12日 (木)

広州の新緑と花見

Dsc04402_2 街中はちょうど新緑の季節

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Dsc04404 会社の入っているビルと木綿花

Dsc04409 木綿花のアップ 花はおとなのこぶし大

広州では桜の花見は桜の木がないので、できない。

桜はないが、この時期絶好の花見スポットがある。

広州の市の花といえば、「木綿花」とか「紅綿花」とよばれる花。

中国南方航空尾翼にも、5☆の高級HOTEL広州花園酒店壁面にも

描かれている、いかにも南方の花である。

その中でも、広州でもっとも古い木が中山記念堂にある。

記念堂には計7本の古い名木があり、その中でも最も古い木は

樹齢300年以上。

この巨木は記念堂の北東にある。直径は1.8メートル。

毎年春の今ごろになると、南国らしい真っ赤な花が鮮やかである。

暑くなく寒くないちょうどいい季節である。

Dsc04411 桜によく似たこんな花も見事に咲いていた。

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2009年3月11日 (水)

やっぱりすごいぞ中国人

銀行ATMの行列が進まない。ATMの機械相手に何回も何回も女性が、

CASHを入金しようと格闘していた。規格厳格なのかよく解らないが、

とにかく偽札が横行しているので、いわゆるババ抜き、ロシアンルーレットと

なるのが怖く銀行も迂闊にアクセプト出来ない。まさか偽札をATMにとぼけて

収納して置いて、現金引出しに使わせる訳にはいかない。

並んでいる行列からは、「いい加減にしろ」「あきらめろ」の声はとばないし、

平然と並び続けている。

くだんの偽札疑惑の女性も、行列におかまいなく格闘すること15分で

あきらめて去っていった。

朝、会社のビルのエレベータに乗った、15人のうち10人がしゃべっている。

せまいエレベータ室内で声を張り上げながらやがて降りていった。

もうひとつ、エレベータの話題。

禁煙のステッカーもむなしくタバコの煙があがっている。隠し持つならまだしも、

しっかり吸っている。睨んでも罪の意識などない。

こんな情景を反省もなく繰り返し5年以上も見せつけられていたとは、

つくづく社会の違いを感じてしまう。

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2009年3月10日 (火)

広州出張

2月に続いて、今月も今朝成田発で中国広州にやってきた。

冬から春へ霞んでいる広州は、大気が汚染しているのがよく解る。

成田から日本を縦断し、瀬戸内海、九州から長崎から上海上空まで

ほぼ西に2時間半進む。

上海からは南南西の方角に進路を変え、2時間半。

本日は春の偏西風の影響で5時間かけて到着。

行けども行けども続く中国大陸を南下するのは、今更ながら国の大きさを

感じる。

かつて3月の出張では香港発で対地速度1200Kmで3時間足らず

で成田空港上空についたことを思い出した。風は怖い、乱気流はもっと怖い。

広州では社員皆が変わらぬ様子で迎えてくれたのはうれしいが、ビジネスは

一段と厳しい状況になってきていた。

どんなに苦しかろうが、会社は変化を続けて最適化しながら存続して

いかなければ存在の意味がない。

欧米のような考え方の東洋人である中国人が、この不況でどこまで本気で

動いてくれるか試されている気がする。

日本に戻って会社に勤めていると、定時間の退社日でもほとんどの人が席を

立たない。時間を守って退社するのは、派遣の方くらいといっても過言でない。

片や中国では退社時間を実によく守る。

命令されれば、休日祝日深夜を問わず働くがそれ以上もそれ以下もなく

割増手当の範囲内は守られる。

先ごろの残業代がもらえない「名ばかり管理職」の話がニュースになるのは

いくらなんでも中国人には理解不能だろう。

お金がもらえないのに、一体何に義理立てして仕事をするのだろう。

無償で働いてすら満足できた喜びに、いつしか疑問が湧くのは気づきが遅すぎ

るような気がするが、うまく利用されたという他ない。

一方今日も数名以外のほとんどの社員が、定時から10分以内に帰宅

していった。このあたり切り替えはさすがである。

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2009年3月 7日 (土)

メール事情

中国のメールアドレスが生きているので中国からのメールがまだよく来る。

内容は微妙な言い回しの日本語であることが多いが、何より困るのは

大きな添付ファイルで、その中身が、インターネットTVの勧誘10MB

中国語学校の入学勧誘4MB、2MB、日式カラオケ広告8MBといった

具合である。取り込んでみてがっかりなことは数知れずである。

最近は日本ではブロードバンド環境の発達で、下り速度がどんどん

大容量になってきた。マナーも発達して、極端な大きさの添付ファイルを

送付してくる人が極端に減ってきた。

中国では、広告のほぼ無料媒体としてメールで巨大ファイルを送りつけ

ヒンシュクを買うことがまだまだ多い。要は、相手のことはおかまいなしで

目的を果たすのである。

2005年の反日デモの集合の呼びかけや反日意見広告にメールが

集中したことが思い起こされる。

メール意識の変化の過程で、中国人も変わっていくのか興味がある。

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2009年3月 4日 (水)

日本の電車の出来事

夜の電車では、日本ならでは光景に戸惑う。

疲れなのか、酒のせいか熟睡している中年男が、向かい合わせの

電車のなかでかばんを電車の通路に落としていた。

しばらく見ていたがたくさんの乗客は関わりを避けてそのかばんは、

電車中央通路に放置されたままになっていた。

下手に触ったり、中年男を起こして注意でもしたら予期せぬ災難が

降りかかり、収拾は面倒この上ないことになるかのように周囲は

すべて素知らぬ顔。

日本で賢い対処は、知らん顔でかばんを避けて歩くことか放置すること。

日本に慣れない私は、見かねて落ちておいたかばんを拾い上げて、

熟睡男のひざに置いた。

熟睡男のとなりに座っていた女は、終始それを見ていたが私を見る目は、

「おせっかいなおやじ!変なことするな」という目であった。

年寄りが乗って来ても、シルバーシートで寝たふりする足腰の弱そうな

若者も散見する。

疲れてかばんを落としても知らん顔され、年寄りは席も譲られずに

大事にされないのは、どうにもおかしな社会現象である。

個人主義の国と周知の中国でも、こんなことはない。

大体、日本以外では公衆の面前で正体不明になるような隙のある人は、

なかなかいないが・・

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2009年3月 2日 (月)

山陰に行く(日本の中国・・地方)

Dsc04352 出雲大社 仮本殿

3月にかけて国内旅行をした。

行先は、津和野、石見銀山、出雲大社、松江と島根県である。

Dsc04301 津和野駅

Dsc04317 津和野カトリック教会

Dsc04309 津和野風景

Dsc04372 松江城

その地は、38年も昔にめぐったがほとんど記憶から遠のいていた。

わずかにある記憶のうち廃線となったJR大社線の出雲大社駅は、

その威容をそのままに残していた。出雲大社も落ち着いたたたずまいで

あったが、あいにく平成25年の式年遷宮に向けて、80億円かけて

改築中であった。

津和野は落ち着いた中高年向きのSPOTがあり、それなりの

にぎわいを見せていたが、かつてほどのブームではないようだ。

しかも貸自転車でめぐる季節でもないようで、そんな姿はまるで

見当たらない。ただ温泉宿の露天風呂は塩化ナトリウム泉で

快適であった。

翌日、世界遺産石見銀山と巨大一年砂時計があるサンドミュージアム、

さらに出雲大社まではレンタカーでめぐり、最終日に松江城天守閣に登り

松江市内をレトロ観光バスでまわり、小泉八雲旧宅を眺めて締めくくった。

高速道路も中途半端な作りかけで途中で切れた自動車専用道路、

鉄道も単線のままで運行本数も制限され特急でも2両、各駅は1両もある

まるでバスのような鉄道状況に、地方の置かれた厳しさを改めて感じた

次第である。

驚いたことに、飛行機の東京便は、毎日3便で昼過ぎの便は280人乗り

エアバスは、ほぼ満席で羽田までの飛行時間はちょうど一時間。

瀬戸内山陽地方の新幹線までのアクセスが悪い分、移動時間が短い

飛行機はきわめて人気が高い。

東京まで高速バスで1万2千7百円、東京行き寝台特急という

選択肢もある。

選択肢は、さらに広島までバスで出る。岡山まで特急でいくなど

新幹線に乗り継ぐ方法は、時間と予算見合でまだいくつもある。

日本全体が不況で沈むなかで、地方の厳しさを殊更感じた旅行でも

あった。

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2009年2月20日 (金)

40年来の友人と再会

中国から帰国してチャンスがなかったが、有志が集まって大崎で

帰国歓迎会なんだか結局よく解らない飲み会があった。

なにせ付き合いは、15歳から断片的だがとにかくやたら古い。会社の付き合いより

前からの仲間は、すでにPEAKを過ぎてソフトランディングを目指して第三コーナー

を回リ切ったところだろう。

それでも理由なんてなんでもいい、元気で酒飲んで語って、いつ会えるか会えない

かもしれない無償のつきあいは小気味よいのである。

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2009年2月19日 (木)

遠距離通勤は容赦なく続く

慣れるまでと思って片道2時間の通勤を続けるが週末になるとさすがにきつい。

二日酔いにまでなると途中で家に帰ろうかという気分になる。

空気もきれいに澄んでいて遠くに雪を被った小さな富士山が会社から見えるのは

それで素晴らしいのだが、東京の南まで茨城から連日移動するのはあまりに

辛い日々である。。

上野まで一時間さらにもう一時間近くかかるのはあまりに遠い。

電車で20分の工場勤務を前提に家を求めたが、事情がすっかり変わった。

深夜まで働くことはもはやなくても、通勤のエネルギー消費は、首都圏全体では

やはり壮大な無駄であると思う。

通勤だけを考えると中国単身赴任生活が妙に懐かしいこの頃である。

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2009年2月14日 (土)

暖冬とスキー人口

2月とは思えない暖かい土曜だった。

昨夜は早くも春一番が吹きまくり、今日の車の移動では汗ばむほどであった。

昼前つくばエクスプレス駅に近いとても大きなつくばのショッピングセンターの

本屋にいく。

大きな本屋で欲しい本はすぐに見つかった。

戻る途中、大きなスキー用品店の前を通るが閑散としている。

スノーボードというかつては、まずお目にかからないジャンルが増えた

が、全体スキー人口の減少に歯止めがかからず、PEAKの五分の一

らしい。加えて温暖な冬で、わざわざ修行のような冬山でのスキーは

若者の多くは、お断りらしい。

昔と違ってスキーや温泉は流行らないのは、残念である。スキーこそ

冬場の地方の活性化で重要なツールだと思うが、そう思う人は少数派

のようだ。スキー場の麓の温泉民宿は、今頃閑古鳥が鳴いているだろうか?

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2009年2月13日 (金)

東京通勤の過酷

中国の暮らしが長かったせいか、長距離通勤は応える。

慣れてしまえばそれほどのことはないと思うが、その体験をほとんど

していない。

幸か不幸か残業も多かったが、ずっと職住が接近していた生活だったので、

東京まで定期券をもって遠距離通勤する習慣がなかった。

特にラッシュアワーの身動きできない首都圏の電車はたまらない。

こんなに人口が集中しても交通網が発達していて無言で人々が

整然と移動するのは、まさに驚異である。

これほど体力を使っての通勤をいつまでも続けながら、国力を維持するこの

日本という国には改めて感心する。

このエネルギーを違った方向に活用できたらと仮定すると、もっと違った国に

なったかもしれない。首都圏一極集中は、やはり是正されるべきだろう。

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2009年2月11日 (水)

日本帰国

移動を含めて4日間の中国出張から戻った。

昼前に昔の運転手から連絡があり束の間の再会で飲茶を頂いた。

そして日が射していない昼過ぎの広州から飛び立ち、気温6度の日本に

夜7時半過ぎに到着した。

日本への機内では、たまたま桂林に出張していた同じ会社の役員と遭遇した。

海外出張では基本的に一人で移動することがほとんどなので、今回のように

偶然機内で同じ会社の社員と会ったのは、長い会社生活で2度目である。

以前は、6年ほど前に香港行きの便に乗って座っていたら、偶然後輩が

飛行機に乗りこんできた。

今回の方も相当出張慣れしている方なので、うざったいこともあり意図的

に降機まで声をかけないのがお約束になる。

2月でもあり、成田空港はガラガラで最終のリムジンバスに間に合った。

つくば土浦行きリムジンバスには、5人しか乗っていなかった。

また日本での遠距離通勤が始まる。

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2009年2月10日 (火)

中国慣れ

広州滞在も3日で、早くも中国ペースが戻ってきた。

今回は出張が短期間なので、またすぐ日本のペースに戻るだろうが

実感したのは、まだまだ身体が中国仕様となっているので中国に

滞在している方が、はるかに気分が楽で居心地もいいのである。

日本での滞在期間が長ければいずれ解決するだろうが、海外生活の

方がストレスが少なく感じるのは損得では得であり、これはどう見ても

よいことであると思う。

ひとはこれを中国慣れと呼ぶのだろうが、ある意味で飲み込まれて

しまっているのかもしれない。かくも、中国生活は日本での生活と

相容れないものとなっているようだ。出張は本日までで、

明日からまた日本での窮屈で退屈な刺激を避けた生活が始まる。

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2009年2月 9日 (月)

広州出張二日目

広州はこの時期急速に暖かくなるが特に日中は暑いが、小春日和を通り越し、

初夏の様相である。

おかげで、出張でもってきたコート類やマフラーやベストはまったく不要であるが、

半そでで歩く人々をみるにつけ随分と日本と違うものである。

はやくも車やTAXIはエアコンを使いはじめ、空調付きの2元のバスは実に

ありがたいものになってくる。

空気は淀んでいて、ときに予期せぬ異臭こそするが5年以上住んでいたので

この広州の街にはひどく愛着がある。中国全土で悪名轟く治安の悪い街の

イメージは完全に払拭されたわけではないが、着実に安全になりつつある

華南の大都会ということではその地位はやはりゆるぎないものがある。

春節の時期を完全に外したがあちこちのビル玄関にはミカンのツリーが

干からびかけて残っていた。

そして旧態依然とした商店が立ち並ぶ旧市街地域では、変わらぬ人々の

営みがあった。

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2009年2月 8日 (日)

広州に到着

この時期、暑い広州に日曜の昼過ぎ到着した。

工員風というか、やや崩れた感じの搭乗客が多いのが広州線の特徴である。

無論、ビジネスマンも多いが圧倒的にジャンパー姿ジーパン姿も目に付く

のである。

広州空港では預かり荷物をPICK UPすると、抜き取りで荷物を検査するが

無検査の人間の荷物を預かり番号の照合もせず通り抜けをさせる。

このあたりが、手抜きもいいところである。

本日は最高気温26度というから、暑い。空港からの車窓は春霞なのか

空一面曇っていた。視界もかなり不良であり春が近いことがよくわかる。

チェックインしたHOTELの部屋には空調が効いていた。

34階の小さな部屋から見える街の景色はわずかに三週間あまりの不在なのに

妙に懐かしい。春は確実に近い。

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2009年2月 6日 (金)

引っ越し荷物開梱に明け暮れる

遅れて船便で中国から送った段ボール箱16箱が、実家に10箱、

留守宅にも6箱到着したものを次々開梱した。

ほとんど外傷もなく、広東省から香港経由で3週間弱、途中で抜き取りも

なく無事到着した。

実家でも本棚を3つ、留守宅でも本棚を2つ組み立て続けて収納した。

送付したものの中身はほとんど本とCDや衣類であり、これまた通販で買った

大型回転ハンガーに衣類は納まった。

単身でも引っ越しは実に手間である。エアーキャップでしっかり梱包した

成果で、CDケースの割れが2点ほど発見された程度で全品ほぼ無事到着。

かくして、帰国休暇の大半は開梱収納作業で明け暮れてしまった。

日曜から短期間だが、約3週間ぶりに中国に出張に行く予定である。

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2009年2月 2日 (月)

高速道路で故郷へ

中国で何年もハンドルを握っていなかったので不安だったが、休暇を利用して

車で実家に戻った。

6年ぶりの高速道路は、首都高速も含めてまったく渋滞しなかった。

景気後退と首都高速以外に都心を通らずに行ける道が整備されて

都心に車が集中しなくなったのだろう。週末でも閑散とした見事に整備された

サービスエリアは一体何を語るのだろう。

往復とも所要時間はほぼ同じであった。

高速インターまでのアクセスが20分、240km超の高速道路全線を

3時間弱でかけぬけたのである。どこまでいっても車はすくなく、拍子ぬけである。

アクセスが便利になり、ふるさとが時間的に近くなったのは喜ぶべきことだろうが

日本中が新たな局面になったことは、どうやら間違いなさそうである。

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2009年1月27日 (火)

味千ラーメンの成功

ご存じだろうか?中国での熊本とんこつラーメンは醤油、味噌、塩といった

普通の日本ラーメンを押さえてもっともメジャーな日本のラーメンの

代表なのである。

中国全土で324店舗の展開は、日本のラーメンチェーン展開としては最強

である。

中国人は、ラーメン好きであることは以前書いたが、適正な価格設定

18元(240円)と日本からの惜しみない技術援助とさらに現地パートナー

(実際は香港資本)の果敢な出店攻勢でのWIN-WINの関係となったのは

参考になる。

このチェーンの日本側の会社は、ライセンス契約と技術供与で年間3億円を

受け取るだけという。

中国だけで売上高118億円の利益の大半は、パートナー側に落ちる。

この極端な欲のなさが中国ビジネス成功のカギであり、パートナーの真剣な

対応を引き出せたのだろう。

最近元気のない日本で勇気づけられる話である。

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春節 团团圆圆 天伦之乐

中国では、春節を迎え今日は、初二である。
中国では、家族一緒で团团圆圆が喜びとされている。
その他に最重要的是,能和家人一起,享受天伦之乐,其意深也!!! 尤其是跟年迈的
双亲一起。
父严、母慈、子孝!呵呵~很好! 以后,肯定可以永远记住这些日子的!
こういった言葉から両親への愛や家族の結びつきと、田舎の出身者がはるか
かなたの故郷を目指す意味が解るような気がする。
6年ぶりに中国春節に中国から離れ日本にいるわけであるが、年が変わるだけ
なのにこれほどの雰囲気があるのは、旧暦のほうがはるかに冬から春への
季節感が味わえるなど新暦にない感覚である気がしてならない。

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2009年1月26日 (月)

東京風景

帰りの7時前の通勤電車で、混んでいるが大きな空間が空いていた。

この冬空にとてつもなく太った半ズボンの浮浪者が青い袋を持って

京浜東北線に乗っていた。

それを、「普通」の日本人サラリーマンが避けて素知らぬ顔をしていた。

私もまぎれもないその一人である。

そしてその反対側にひとり座っていると、若い中国人が二人でなまり気味の

普通語を話していた。

さすがに日本に中国人が飛躍的に増えている確たる証拠である。

良く見ると服装は、あまり気にしていない様子でよれたジーパンで平気で

会社に通ってしまうのがいかにも中国人らしい。

もっと中国人が集中している新宿、池袋ではこんな眺めは当たり前の光景

だろう。いつしか中国人が結構目につく社会になった、と実感した日だった。

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2009年1月25日 (日)

冬の散歩道

日本の関東でも上野駅から一時間の地方に住んでいるので、

家の近くの沼の周囲で舗装していない車の通らない平坦な散歩コースがある。

長年中国で都市部の大変便利な街中に住んでいたので、自然に接する機会

は、久し振りである。

日本は社会が次第に成熟して自然がよく守られるようになり、その散歩コースも

ごみがほとんど落ちておらず川も沼も水質もよくなり大変気持ちがいい状態に

なっている。

数年ぶりに午後の沼を眺められるほとりに立つと心が落ち着いてくる。

そこにはカモがいて白鳥がいる。サギのような水鳥もいて、釣り人で

大層賑わう一角があったが大半は犬を連れて散歩するひとや、健康のための

有酸素運動で歩く人と時折すれ違うだけの自然豊かな静かな場所であった。

便利な生活は、望むところだが際限なく便利になる必要はない。

本来守るべきものも見えてくる。

身勝手ながらその自然に身を置くとそう思えてくる。

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2009年1月24日 (土)

市政報告の余興に中国駐在報告

ある市会議員の議員活動報告会の余興で、中国駐在生活を

振り返っての話をした。

中国情報は、たくさんあるが不思議な情報や統制されているため質問が相次ぐ、

医療はどうなっているか?格差社会の実態は?昔の中国人の人間性が極端に

悪くなっているようだがなぜか? 環境はどうなっているか?・・・

皆さんいろいろ知りたい。時間一杯質問の山となってしまった。

私の質疑応答に極端に不機嫌になり、明らかに興味ない素振りで

無視しようとしている偏屈な爺さんがこれまた印象的な報告会であった

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2009年1月21日 (水)

東京通勤

ちょうど日本到着1週間の今日、ようやくなれたなかで遠距離通勤の

リズムを感じてきた。

しかし、本当に日本は社会のシステムが良くできている。

ストレスなく朝の半分寝ぼけた大量の人間を会社に送り込むという視点で

すばらしい。

通勤の楽しさと通勤途上での筋トレを実践して、健康志向でいこうと

思いを新たにするのである。

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2009年1月19日 (月)

筋トレグセ

週末は、携帯電話のほかにスポーツ用品店で鉄アレーを購入。

5kg*2の鉄アレーである。5kg 2200円 10kg 4400円 中国製は

どうにも高い。どうやら、週一回はジムで筋肉を鍛えるくせが

ついてしまっているらしく。少なくとも30分は筋肉に負荷を掛けない

と気持ちが悪い身体になっている。

無心でやることはいいのだが、室内ではせますぎるが外ではこれまた寒すぎる。

加圧トレーニングのやり方が日本ではブームなようなので、効率から言って

いずれそちらに移行していくかもしれない。

健康指向で寒い日本を乗り切りたいが、いまでも日中20度近い広州が

妙に懐かしい。公園で汗まみれで夢中で羽毛球をやっていたことが

思い起こされる。

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2009年1月18日 (日)

日本の休日

久々の日本の日曜日。以前はよく行っていた超大型ホームセンターにいく。

日曜10:00にもかかわらず大駐車場の半分ほどしか車が駐車していない。

ここでも日本の景気後退の進行がよく見える。変わったものはお手の物の店内も、

さすがにアイデア切れ気味である。陳列商品もやたら多いが煮詰まっていて、

何が売れ筋かすっかり迷っている感がする。

以前農薬と種と農具を売っていた売り場には、日本中からのみたことも

ないような焼酎がずらり並んでいる。

さきごろ噂の焼酎「モリイゾウ」が1瓶で6万円近い値段の値札なのは呆れる。

中堅食品スーパーにも行く、確かに綺麗な包装と安全(そう)な野菜類は

清潔感と安心感がある。

景気後退で安くなったとは言え、まだレジでの支払いは中国のスーパーの2倍と

いった感覚。食品はまだ高い。

高級耐久消費財は、急いで買う必要のあるものは少なくさりとて地球環境を

考慮して買い替えまでする必然性もあまり感じない。

国民大多数がきっとそう感じているのだろう。

車などはもともと製品品質がいいから、直しながら15年や20年乗れてしまう。

スーパー店先でパンフレットを配っていた住宅などは安くなったとは言えまだ高い。

やはり社会が成熟すると、次の起爆剤が見えにくい。レギュラーガソリンが

1リッター100円を切っているのは、ついこの間までの価格が嘘のような事態

である。そうなっても人々は、2倍車を乗りまわすわけではない。

真剣に政治が景気回復を図らないとせっかく久々に元気のない国に

帰ってきた甲斐がないというものである。

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2009年1月17日 (土)

TAXIに落し物、日本携帯を購入

金曜夜、品川で夜8時過ぎまで仕事のあと懇親会に参加した。

各国で活躍中の現地会社社長たちと中華料理屋で紹興酒を飲みながら

中華料理で歓談した。店員は全員中国人、怪しげな中国語で店員と会話。

その後、なぜか品川から御徒町へ移動。せまい路地のスナック群は

タイ、フィリピン、中国、韓国が交錯する混沌とした世界。

タイに駐在経験のある人の先導で入ったタイ系スナックは、空席がまったくない

ほどの大盛況。日本は本当に不況なのか?と思わせたほどだった。

スナックをでて深夜1:00ですでに電車もなく、上野駅周辺からTAXIで

柏経由で帰宅。

翌朝、10:00前TAXI会社から電話連絡があり財布を拾得したとのこと。

昨夜のTAXIのなかに免許証、クレジットカード2枚、日本円香港ドル米ドルが

入っていた財布を落していた。

さすがに日本である完全な形で戻って来た。中国というか外国ではあり得ない。

足かけ6年の中国駐在では、財布も携帯も手荷物も一切なくしたことがない。

日本に帰ってすっかり気が抜けていたのだろう。

家人に呆れられつつ、拾得したTAXIの所属する本社のある京成電車お花茶屋

まで菓子折りを持って、落し物を引き取りにいった。

帰りは、金町でネパール人ががんばってやっているインドカレーを食べ

柏で携帯電話を購入。GSMにローミングするグローバル機能付き1円

SONY ERICSSON携帯を購入。(実際は充電電源だけ別売りで940円プラス)

40分の間待ち、データ投入審査終了で無事日本携帯が6年ぶりに手に入った。

携帯登録を待つ間、ドトールコーヒーで注文。しかし座席がない。

マニュアルどおり、店員が「ただいま混み合っています。今お作りしますか」

と聞いてきたので、店員にむかって、

「あんた面白いこというね、この状況では待つか立って飲むかしか方法

ないだろう?どう勧めるつもりなんだ?」

店員「・・・・・」、らちがあかないので、持ち帰りコーヒーとして注文した。

こういった場面でもまだまだ戦闘モードになってしまう。

落し物とコーヒー反省の日々は続く。

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2009年1月15日 (木)

JR

品川通勤初日。

帰りに時間が間にあって、特急電車にすべりこみ乗車。

特急券の切符を買うのにもたつく、あげくの果て定期券があるのに乗車券まで

買ってしまう。

普通乗車券の客を前提にSYSTEMが組まれているようで、通勤に慣れない

くせに定期券保持者という珍しいカテゴリーの乗客(私)には配慮がない。(と思う)

ということで、車掌に検札される際に、つい中国式にあんたらのSYSTEMのせいで

2枚(特急券と乗車券)切符を買わされたと強めのクレームをいう。

車掌は、私を相手にせず降車駅で処理をお願いしますと指示する。

ここで問題は、手数料を切符一枚につき210円とるということである。

このことをJRの誰も私に教えない。

しかも、誰一人「お客さんの手違いで発券したものは、発売駅出ない限り

払い戻しに手数料がかかります。常識でしょ?あほ!」とは、いわない。

そんなことをいうと大概のお客が切れることは統計でわかっているので、

あえてリスク回避である。

これがやっぱり、今の日本のシステムなのだ。あらためて、6年近い日本の不在を

考える。日々が反省と試行錯誤なのである。

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2009年1月14日 (水)

とうとう日本に戻る日

朝9:20現地発の日系航空機は、定刻に広州白雲空港のボーディング

ブリッジから切り離された。いよいよ、帰任日である。

帰任準備が悪く、しかも連日の送別食事会や昼は昼で石、筆、書籍の購入や

印鑑の作成依頼対応で多忙を極めていた。

最終日は、送別会のあとようやく解放された午前1時過ぎから片付け続けて

若干1時間ほどの仮眠をとった程度で6時半にはもう出発の迎えの時間が

きてしまった。

年末年始依頼され収集と作成した手がちぎれそうな多量の印と石頭(印材)と

筆さらには百科事典のような中国著名美術家作品豪華写真集は個人の

帰任荷物23kgを優に超え、その石や美術品写真集の類で32kgの超過となった。

おかげで30kgの超過料金3150人民元を広州空港のカウンターで払うことに

なってしまった。

重い荷物は飛行機が運ぶので空港持ち込みと宅急便送付だけが手間だが、

飛行機の窓越しの北上する機内から見える殺伐とした中国大陸の上空から

上海を抜け東シナ海から長崎あたりの日本領土にはいると感慨ひとしおである。

瀬戸内海や紀伊半島あたりまでは雲が多かったが、雪の南アルプスを左手に

眺めるあたりから関東平野に向かって次第に晴れて視界がよくなってきた。

そして駿河湾沖から富士山が姿をみせる。

帰任を祝うかのように、富士山、伊豆半島、三浦半島、房総半島がよく見え

やがて九十九里から犬吠崎を左まわりで回りこみ、成田空港に14:00ちょうど

着陸。本日の気温は9度。

成田空港からの電車内では、私が荷物をもって車両移動で歩いてくるにも

かかわらず、気付かずドアを閉めようとする若い女性がいた。

そのドアを思い切り足でこじ開け、眼をとばすという。

中国式の挑むようなお行儀の悪さで、ビビらせかつあきれられてしまった。

中国の24時間戦闘モードからの早期リハビリが必要である。

Photo 駿河湾 富士山

Up 富士山 UP

Photo_2 犬吠崎から九十九里方面

Photo_3 利根川

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2009年1月11日 (日)

公園で泥棒被害(未遂)

日曜夕方の公園で、たくさんの中国人が様々な形でくつろいでいた。

バドミントンはなかでも手軽にできるスポーツで人気がある。

多くのひとがあちこちで、楽しんでいた。

私も荷物を見えるところに置いてバドミントンに興じていたが、10mほど離れた

ところに座って少し休んでいた。と、突然生け垣のへりに置いていた荷物の

そばで人影が見えた。

生け垣の裏側から、ほふく前進で私の荷物を捕ろうとしていたのである。

泥棒が荷物に到達する前に、大声で急いで荷物のところに駆けつけたので、

泥棒はなにもとらず逃げていった。

年のころは、30歳から40歳の男であった。

たくさんの人がいるからとか他人の目があるからと安心は出来ない。

たくさんの人のなかには、お金に困って人のものを捕る目的で来ている人も

いることを知らされた。

だから中国人は性悪説と決めるのは早計、油断していた私も悪い。

うまく棒でひっかければあっという間に持っていけたのに、どんくさい中国人は

悪事も働けず奪いそこなった。というお話であった。

あと、2日で帰国なのになかなか気が抜けない国である。

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土産物を求めて海珠広場、北京路

正月の赤と金の飾りが売られている海珠広場まで土産物を求めていった。

広州第一汽車の10番系統のバスは、本数も多く20分ほどで河の近くの

市場まで連れていってくれる。

そこはバラックの闇市のような、迷路のごとく入り組んだ場所で小さな店が

無数並んでいて、小物を求めるには最適なところである。

以前、変わり者の営業担当役員を案内したところ大変よいところに連れてきた

と絶賛されたところでもある。

いかにも中国ぽい携帯ストラップを求めると、バラ売りよりまとめて30個で

購入すると値段が三分の一ほどになった。

田舎の両親にこれまた中国カラーの財布を求めたりする。

北京路でメガネケースを探す、ルイビトンやグッチの偽ブランド物メガネケースが

みごとに作られているのは相変わらず驚かされる。しかもそれしか売っていない。

こういった人ごみでは中国人交通マナーと、しつけのすさまじさはいやというほど

目にした。

横断歩道などを使わず、信号があっても歩行者全員で無視して強引な横断。

ごみ箱にまたがらせたり、道端で子供に大小便をどんどんさせる光景。

街をあるいても急に食べ物の異臭がするとか、臭豆腐という独特の食物の

においが漂ってきたりとか、とにかく気が抜けないのである。

腐ったものすごいにおいの魚や残飯を道端に捨てるというクレームが、

池袋駅周辺の商店街ではあとを絶たないという記事や、北米では

中国系が交通ルールを守らないので交通事故が急増しているという記事を

読むにつけ、中国人の日本での増加は、これだから中国人は嫌われるという

原因のひとつになっているのがよく理解できる。

これは清潔な社会、秩序を守ることでいままで築いた安心安全な社会を、

あっさりぶち壊す恐れを十分秘めていることだろう。

自分勝手、傍若無人というキーワードからの脱却は永遠のテーマかもしれない。

夕方、バドミントンを2時間ほどして身体を動かした。夜は広東海鮮料理を

食べ、充実した土曜の一日が終わった。

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2009年1月 9日 (金)

帰国間近 日本の外国人登録事情

今週は帰任の準備で、荷物を送り出すので毎日深夜まで荷物を

箱に詰めていた。

連日送別会もあり、ブログ更新が滞るほど、多忙を極めていた。

週刊誌を見ていたら気になるデータがあった。

日本に帰国すると、かつての80年代の米国での韓国人の急増のように、

コンビニ、居酒屋、焼き肉店で中国人がやけに多いと感じていた。

いつのまにか電車でも中国語がよく聞こえてくるようになった。

その多くは留学生や技術研修生、技術就労者もいると聞く。

統計では1986年の外国人登録者で中国人は84、397人。

2007年末には606、889人と8倍近くに膨れ上がっている。

中国人による犯罪が2007年で14、787件と外国人による

犯罪の3件に1件は中国人が引き起こしているらしい。

中国人の激増は、社会の底辺で時給が安く、あまり日本人が

働きたがらない居酒屋、コンビニ、ビル清掃で旺盛な需要を

まかなっている。

しつけがなく、交通マナーやごみ出しマナーが悪い中国人の急増は、

日本の治安にまで影響を与えかねないというが、いったいどうなるのだろう。

そんな状況の日本への帰国まで残り1週間を切ってしまった。

荷物は昨日、アパートと会社から段ボール箱約20箱で運び出された。

そのうち10箱が本であった。

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2009年1月 5日 (月)

広州彫刻の森 彫塑公園

Dsc04073 上下九路には、いまでもこの本物がいる。

広州彫塑公園にいった。

以前から中国人の芸術センスは、人口が多い分と歴史の重みで

相当なものだと思っていたが、彫刻、塑像がたちならぶ公園に先日行ったが、

その期待に十分応えてくれたものであった。

おおきな芝生のある公園に、作品がバランスよく点在している。

入場料は、普通の公園の2倍でひとり10元(約140円)もする。

おおきな公園は人影もそう多くなく、素敵な洋食レストランまであり、なかなか

中国らしくない空間。

そこの芝生で羽毛球(バドミントン)をして過ごした。

冬でも運動するとかなり汗ばむのは、日中の気温が20度もある亜熱帯の

気候だからである。

晴れると日中のぽかぽか陽気は、実にありがたい。半そでで問題ない。

連日、北日本では吹雪が続くというのにつくづく違うものだ。

Dsc04071 芝生を16頭の馬が迫力満点でかけぬける

Dsc04069 立像の完成度も高く

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2009年1月 4日 (日)

チベットバーに行く

北京と大連から友人が来たので、広東海鮮料理で定番の巨大な蛇や多宝魚や

げんごろうを食べたあと、ホリディ・インの裏手にあるチベットバーに行く。

友人たちも初めてで私も5年いて初めての体験である。

その友人たちも海外に望んできて働くという人種なのでこういったことに

好奇心があり、一切躊躇しない。

そこで目にしたのは、かん高い歌声とともに客席のまわりをぐるぐるまわる

チベットダンス。

客は1瓶300RMBほどのワインを飲みながら、そのチベットダンスは

客を巻き込みチベットの独特な歌声とともにせわしなくまわっていた。

実は店員はチベットの服装はしていたが、大半はチベット族でなく漢族なようだ。

繰り返し繰り出してくるダンスが大変おもしろく、話も盛り上がりついつい

午前1時まで居てしまった。こうして正月3が日が充実して過ぎていった。

Dsc04103

Dsc04108

Dsc04109

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2009年1月 2日 (金)

正月2日目 文徳路上下九路に遊ぶ

今日も、2日連続で書道店で筆を探し、ついでに広東刺繍の額に入ったものを

探しながら文徳路を巡った。お目当ての筆は見つからず空振りであった。

刺繍の額も買おうという衝動に駆られる見事なものは少なく、しかも値が張る。

それにしても、売っている出来合いの印も印石も実に見事である。

Photo

Photo_2

その後、玉(ぎょく)の店が連なる上下九路まで再びバスで移動。

旧広州の象徴的な禅寺では全身金箔張りの見事な五百羅漢を見学。

Dsc04048_2 五百羅漢は黄金に輝く

大混雑の長い長い、上下九路歩行者街を歩いた。

面白い鶏パフォーマンスでの笛売りや片足の軍服姿で歌を歌い金をもらう人まで

いて、大変なひとごみのなかに身を置いた。

Dsc04051 下九路の人出

Dsc04055_2 上下九路の中心地

Dsc04050 にわとりの笛を売るおやじ

正月2日というので人出も半端でない、実は中国では3が日が休みになった

初のケースで、普段から込み合う街の賑わいは殺人的であった。

Dsc04049 左上&右:さそり、左下:芋虫2種類てんこもり

さそりのから揚げ、芋虫もから揚げを食べた。小ぶりなさそり一匹3RMB。

圧倒的な人ごみで、買い物も一苦労であった。

夕方の人通りのやや少ない外れた道で流しTAXIをようやく捕まえ、帰路に

ついた一日であった。

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あけましておめでとうございます

6回目の中国の元旦で2009年が明けました。

元旦の日、中国広州では、店はほとんど開店してました。

元旦から、元上司の筆の追加注文に答えて「むじな」だの「ねずみ」だの

「おおかみ」や「リス」だのの毛で作った筆を文徳路まで行き、求めておりました。

さらに購入希望の硯のサイズも元上司の依頼に従い、厚みまで含めて測り、

写真に収めたうえ、購入値段交渉までしたりと新年早々多忙でありました。

人の用事でそうこうしているうちに元旦の日がとっぷりと暮れてしまったの

でありますが、あまり代替えの利かない役まわりでもあり、長年世話に

なった元上司への恩返しと考えつつ年明けの混雑する広州旧市街を

めぐったのでした。

とにもかくにも、今年はいろんな意味で、ぜひいい年にしたい。

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2008年12月31日 (水)

中国駐在最後の大晦日

日本へ帰任することが決まって、来年早々に5年2か月の任務が終わり、

撤収することになった。

そして、中国駐在生活最後の年の瀬である。

長いようであっという間の鎬(しのぎ)だった。思えば、2003年SARS直後の

11月に上海に上陸して2日後広州に移動して以来、時は流れもう2009年

が眼の前である。

3年10か月住んだアパートから見える景色は、圧倒的に増えた車の多さと

中国とは思えない豊かな暮らしをしている広東人だった。

同時に、乞食物乞いを見ない日もなく、子連れの乞食にお金をせびられることも

日常の出来事だった。暑くても寒くても路上で転がる人々を避けながら歩くこと

にあまり抵抗もなくなった。つくづく慣れとは恐ろしいものである。

歩道橋では違法で売られているDVDは、ほとんど取締りなどされず

放置されていた。中近東、アフリカの商人は明らかに増えてきた。

そして、あきらかに西からやってきたという顔立ちの人々が歩道橋に陣取り

様々な工芸品、骨董品を売っている。簡単な工芸品などその場で作っている。

屋外といえば羊の肉の串焼きを食べながらのなまぬるい珠江ビンビールは、

暑い広州の夜の路上ではかかせない。ささやかな庶民の楽しみであった。

食に貪欲な広東人は夜中でも重い食事をする。朝の4時に食べた蛇料理

などは、不健康の極みであった。懐かしく思い出す。

そして静かな大晦日の夜が過ぎていく。

今日は、年越しそばをゆでて、紅白歌合戦をみることにする。日本から

1時間遅れの年越しである。

2009年は、今年よりよい年になるといい。

だが元気で働けて、家族ともども無事であれば多くは望まない。

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2008年12月30日 (火)

印に凝る、硯に凝る、筆に凝る

石に手彫りで好きな文字を刻印してほしい。正月休み休暇中の時間のある

元上司から作成依頼が来た。そして、ハンコ屋の試作品の写真を見て、

決断し自らデザインしたものをカメラで撮影して送付してきて、その希望

どおり彫らせるという凝り方である。それもその数は10個もである。

硯のほうも、日本でも品不足なので 端渓硯のなかでも坑仔厳を探して欲しい。

それも透かし彫りやこてこてに飾らない実用硯が希望。

サイズは、20cmX15cm。長方形が希望。値段は、2万円まで。

だんだんマニアックな要求になってきたのは、凝り性の元上司だから

しかたがない。大体言葉についていくのが凡人には一苦労。

市内有名書道店を回り、こんな高尚な趣味はわかるわけないだろう。

とぼやきながら希望に沿うような、硯の値段を調査しサイズを測り、

デジカメで写真をとり、アルバムで送るはめになった。

その次は筆がご希望である。希望するうさぎの毛の筆なんてあるのは

ついぞ知らなかった。

そのうえに、むじなの毛で作った筆なんて世の中に本当にあるのか?

凡人には、もはや異星人の言葉にしか聞こえない。

大体その方面の知識がないので言葉が解らないのは、閉口する

凝り性の趣味の世界とは、摩訶不思議な世界である。

残念ながらよく探せばなんとか出てきてしまうのも、中国なのである。

やはり粋人には、魅力的な国なんだろう。

この暮れににきて、忙しい日であった。

Dsc03958 これが、シンプルで気に入ったそうである。

Dsc03956 こちらは、こてこてで不評

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2008年12月28日 (日)

中国版総合レジャー施設

週末の広州はずっと雨模様で屋外活動に向いていないうえ、金曜夜の忘年会で

白酒やビールを飲んで夜中まで社員と騒いだので、市内温水プール施設で

アルコールを抜くことにした。

市内バスに乗って30分弱の荔湾路の大型レジャー施設に行った。

施設は、24時間まで滞在可能。つまり仮眠もとれる。

138元で食事は24時間いつでもとれて、温水プールも24時間使える。

無数の泡が噴き出す様々な仕掛けもあり、水着着用で楽しめる。

水温が35度くらいになっているので、実に快適である。

競泳プールも卓球台も、筋肉トレーニングの設備も整っている。

休憩場所も、リクライニングシートで各シートは液晶テレビとインターネットも

出来るようになっている。(インターネットは1時間80円、日本語も使える)

なにからなにまで揃っているので、てぶらで行ってずっと室内着でうろつく

ことができるのでのんびりしたい向きにはぴったりである。

中国人にとって、138元は高いが広州のようなGDPの高い都市では

この程度の施設はかなり人気もある。ちなみに、日本人よりアラブアフリカ

からの客がはるかに多いとは、従業員の弁。日本人はかなり珍しいらしい。

数軒行った郊外の温泉リゾートは、ほとんど入場料が100元から150元程度で

あるが、オプションが違う。いちいち課金されて、結構高いものなる場合がある。

今回はよく考えれば最大4食までの食事をとることができ、仮眠までできる。

そして広大な温水プールやサウナでのんびりすることはけっして高い遊び方

ではない。しかも、アクセス抜群で市内バス2元で行ける。

あくまでも健康志向ないわば健全都市型リゾートである。

実は、近年中国人も都市部ではこういった楽しみ方をしている。

ひとりでふらりと来るおばさんおじさんやお兄さん、若い女性は数人の友達と一緒、

家族連れ、会社の週末研修まであり、様々な用途で大賑わいであった。

続きを読む "中国版総合レジャー施設"

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2008年12月26日 (金)

割引と華僑

中国人(広東人以外も恐らく)は、近年回数券を買って割引でサービス提供を

受けることを覚えて、多用している。

私は回数券でよく利用するのは、足裏按摩。先払いして置くとVIP割引となる。

使うたびハンコを押すものから最近ICカード導入で、だいぶ変わった

美容院の洗髪も回数券が使用できるが、さすがに私は使わない。

そして、各都市内では万能なのだが、都市間でサービスの差があり

使い勝手が悪い交通カード。

思うに中国全土で同じカードが使えるようになるのは、未来永劫ありえない。

地下鉄では、普通カードを使うと切符を買うより若干割引になる。

このあたりは、さすがの対応である。

ふだんは、大雑把な人たちがお金を使う段では、わずかに割引することに

異常に反応するのは、日本の関東地方以北ではあまり見られない現象で

興味深い。

広州に住んでいるせいか、その特徴を特に感じる。

サービスをお金に換算することで価値を決めるのは、多くの華僑の出身地という

土地柄なのだろうか。

そういえば、華僑の一大故郷、世界遺産 広東省開平の地を訪れて

ちょうど一年になる。月日が流れるのは早い。

世界遺産には、なんといっても日本人観光客がつきもの。

実際、めぼしい観光地では、どこに行っても日本語が大概聞こえてくる。

日本のおじさんおばさんツアーと遭遇したが、後ろにくっついていくと

日本語ガイドが漏れ聞こえるメリットもある。

広東省の「開平望楼と村落」の世界遺産リストへの登録

は、2007年6月28日。私が訪れたのは2007年12月31日。

世界遺産ふたたび

http://mukosan.cocolog-nifty.com/china/2007/12/post_ffa3.html

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2008年12月24日 (水)

平安節 羅羅平安

中国では近年は、中国古来の旧暦の祭日(春節、清明節、端午節、中秋節・・)

ばかりでなく、万聖節(ハロウィン)、平安節(クリスマスイヴ)、聖誕節(クリスマス)

といった、欧米の文化も入ってきている。

そして2月14日は情人節(バレンタインディ)である。

本日12月24日の平安節では、天河城広場あたりはカップルを中心に大変な

人出で、交通渋滞を引き起こすほどであったらしい。テンションもあがっている。

ところで、さだかでないが中国ではクリスマスにりんごを贈る習慣があるらしい。

発音が似ているという説もあるが、よく解らない。ピンアンとピングォ??

こういった欧米文化は、確実に中国社会に入り込んできていることがよく解る。

宗教とは無縁で、内容が解らなくても中国人はこの祭日を取り込みはしゃいでいる。

改革開放30年の今年、中国は確実に変わってきている。

来年も世界不況を尻目に8%成長のGDPとなるらしい。日本は実質マイナス成長

というのに、対策は内需拡大や農村投資で全体を押し上げるとのことである。

世界不況に対応する政策が素早くかつ実に的を得ていて、今後も確実に

中国の成長は続くだろうとは、日本の大商社の副社長の本日の日経新聞での

コメントである。どこかの国の政治と違って、たくましい指導力には脱帽する。

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2008年12月23日 (火)

広州新テレビ塔完成間近

東京タワーが完成して、今日で50周年。つまり50歳の誕生日である。

その昔、田舎の幼稚園児だった私は、できて間もない東京タワー展望台で

迷子になり方言丸出しで道を聞きまくっていたと、あとで叔父からよく冷やかされた。

広州では、実はこの夏こんな記事があった。↓

完成すれば世界一の高さとなる広州新テレビ塔の工事は、建設を担当する

上海建工集団による26カ月にわたる奮闘の末、すでに高さが454メートルに達し、

メインタワーの部分が完成した。

新テレビ塔は、広州市新都市の中軸線と、珠江景観軸の交わる位置にあり、

珠江の南に位置し、同市のランドマークとなる。

メインタワーの高さは454メートルで、アンテナの高さ156メートルを加えれば、

高さは610メートルとなり、完成すれば世界一の高さのタワーとなる。

 「人民網日本語版」 2008年08月28日付け記事

世界の景気が相当おかしくなってしまっても実は、この時期に東京タワーの

2倍近い世界一のテレビ塔が2010年6月完成を目指して広州で

建設が急がれている。

供用は、2010年の広州アジア大会の開幕にあわせる予定である。

上海に対抗して、大河 珠江の岸に聳え立つ姿は圧巻である。

完成後は観光地が少ない広州の一大テーマパークになる予定だそうである。

Photo 夜の建設中広州新テレビ塔 完成時高さ610m

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2008年12月22日 (月)

北京路の賑わい

中国に来て、2足目の運動靴が壊れたので、広州で有名な北京路にいく。

バス10番系統で20分程揺られ、環市東路-小北路-中山路-文明路まで

行き北京路で下車すると、車が進入禁止で歩行者天国は見渡す限り人の波。

全部の階で飲茶しかない6階建てのビルで飲茶をする。

先ごろの香港空港の記憶がなまなましいが、4品食べて66RMBは、

3品200HK$から較べて見ても納得できる。

「KAPPA」で、靴とジャージの下を買うことにした。割引もあるうえ一応本物である。

しばらく歩き偽物かばん、偽物ブランド品、時計の店が並ぶ一角に立ち寄る。

日本人がよくくるらしく、怪しげな、「ノー高い」「みてみて」「やすいやすい」の声が

かかる。ルイ・ビトンのボールペンなど出来はなかなかである。

定価で買うのは、大バカ者で言い値の十分の一程度から交渉する。

お互い芝居を打つのでこちらも演技が必要でそこが見せどころである。

なにせ、そのせまい店が立ち並ぶ一角には本物が何もない。

原価がまったく解らないが、値段は底なしのように表示があっても意味がない。

Dsc03900 北京路歩行街

どこの国にもあるのだろうが、中国の商都広州のどまんなかの偽物市場は

人ごみで身動きができないほど活況であった。

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2008年12月21日 (日)

広州白雲山に登る

今週の運動は、登山にした。

広州市民の憩いの山は、週末は多くの人々で賑わう、一大観光スポットである。

街なかからバス522番系統広州市体育館行きで、わずか20分ほどで麓の

登山口につくので、まだふんだんに残る緑を求めて山を目指した。

山は紅葉がようやく始まりかけて、日本の関東地方の9月下旬から10月初旬の

ぽかぽか陽気であった。

5元の入山料を払って多くの人に混じって登り始めたが、途中のお寺で拝観。

お寺の本尊は金色に塗られ、南からの仏教らしさを伝える。

豆腐花を食べたが甘い豆腐花が標準だが、甘くしないでしょうゆをかける、

やっこ風の豆腐花もあわせて注文した。お椀一杯3元を2杯たべて6元。

排気ガスで曇る市街をみてから渓流風遊歩道を戻り登山を終え、

麓で遅い昼食をとる。

その後、522番バスで一旦終点までいき、戻りの522番で出発点に戻る。

バスは混んだ道もクラクションを鳴らして快適にすり抜ける。

バス代はこんな無駄な使い方でも、合計6元だから90円弱である。

入山料80円、お寺の入山料別料金で80円、バス代90円、麓の食事が

700円と1000円も出せば十分遊べておつりがくるのである。

こうして週末の一日が過ぎていった。

Dsc03879 白雲山の中腹休憩場所

Dsc03880 ようやく紅葉が始まる

Dsc03874 有料のお寺に行く

Dsc03878目的の お椀に盛られた豆腐花を食べる

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2008年12月20日 (土)

国内線搭乗のお約束

中国の国内線での移動のことは、数限りなくこのブログに書いた。

それだけ、遅れが日常化していてかつ接客態度も目に見えた向上が

みられないのは残念である。

今回上海から広州便は夕刻16:30の出発だった。

16:00ちょうどにGATEが開き、乗客を機内に案内始めた。

定刻16:30になり、キャビンドアを締切、シートベルト着用を

促すアナウンスが流れた。

それからは、いつものパターンで機内は長い沈黙が続く。

そして、これがこの一年ほどで向上したサービスとして、やおら客室乗務員が

立ち上がり水かお茶を欲しい人に配り始める。そして、映画上映が始まる。

これは、この飛行機は、あいにくすぐには飛び立ちませんの無言のしるし。

30分過ぎると乗客が、「いつ飛ぶんだ?」の質問が出始める。

客室乗務員は、「もうすぐです」と無責任な答え方をする。

出発時刻1時間後、ようやく機内アナウンスがある。

「夕刻のビジーアワーに差し掛かって飛行場内が大変混雑しております、しばらく

管制塔の指示をお待ちください。」

でも客室乗務員のこころのなかでは、

「いつもどおり飛びたいのは山々ですけど仕方ないですね。こんな週末の夕方

の都合のいい時間に定刻で飛ぶ訳ないじゃないですか?」

前の席の中国人のおっさんが、無神経にも無言でリクライニングを一杯倒して

きたのをひざを使って蹴り返し、また悪いクセでストレスを解消してしまう。

なかなか、お互い人間ができていないのでせまい機内で嫌な気分になる。

そうこうして15分待っていきなり飛行機が動き始めて、ほどなく離陸。

今回は、1時間15分の遅れであったが、2時間で済むところが3時間15分と

あまり日本にいくのと変わらない時間を要した。

中国国内線の遅れの対応ポイントを整理すると・・

乗務員は極力無言、答えはすべては管制の指示と逃げる。

遅れの本当の理由の説明はしない。乗客にはたとえ遅れが予想されても

定刻の出発の気分にさせるためと、そもそも待合室で長時間いられると

邪魔なので待合室からせまい機内に詰め込む。

そして機内ではサービス精神が芽生え、とにかく飲み物か食事で怒りを抑える。

乗客の気をそらせるための映画上映。場合によっては夜などは消灯してしまう。

そして、なにがあっても何時間遅れても基本的に謝らないうえ補償はない。

やむなくHOTELを用意する場合もあるが平気で相部屋だったり、出発の案内

が適当だったりで不快になることは間違いない。

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2008年12月18日 (木)

上海到着

Dsc03856 上海行き中国南方航空便から西の空方向

Dsc03858 さらに西の空の夕焼けが濃くなってきた

昨晩は、夕刻広州を出て上海に到着した。

冬の中国大陸を北上して西の方面の窓からの夕陽を眺めると

柄にもなく感傷的になる。ちょうど中国駐在上陸から5年と1か月

何度乗ったか数えられないほどの上海行きは、駐在期間では

おそらく最後になるだろう。この夕焼けの下に住む13億人との

出会いは人生観が変わるほど刺激的だった。

2003年SARS直後の上海便は、浦東空港では体温の厳重チェックが

行われたことが思い出される。

あれからもうまる5年も経ってしまった。

高度成長期の中国は大きく様変わりした。何より目に見えて豊かに

なった。

そんな冬の夜の思っていたより暖かな上海虹橋空港に降りたち、

感慨深いものを感じ取った。

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2008年12月17日 (水)

放任の果て

朝から本家親会社の現地出先で当社とも関係が深い会社の現地トップの方が

訪問してきた。

目的は当社の会社フロアの下見である。

当社フロアを一部借りる場合の条件の資料をこちらで作成して提出したが、

いかに関係があってもただとはいかないので、細かな費用概算で見積もりをした。

常識的な条件もつけさせてもらった。そして持ち帰り検討して答えをもらうこと

にした。

話をして驚いたのは、経営者がほとんど事業の中身を知らないで放置されて

いたようだ。客先との間の契約条件も知らず、つまり野放し状態が10年ほど

続いていた。

事務所の賃貸契約条件も期限もよくわかっていない。解約するとどうなる

かも知らない。

さらに中国人への給料にも驚いた、古い方は私の現地給与をはるかに超えて

2倍ほどである。勤務の長い女性も給料は当社の副総経理のそれをはるかに

うわまわり、ほぼ私の現地給与と同額というすさまじさである。

わずか3人で500平米の事務所を延々と使い続けるこのコスト感覚のなさ。

なぜ中国事業が駄目になっていくかパターンがよく見えてきた。

放任が最大の悪であり、素早く手を打たない手を打てないことは、特に

中国での事業では最悪の結果が待っているということだ。

市場の悪化や予期せぬ事態は、リスク回避で経営として当然である。

この話はつまりは、人災なのだろう。

信頼して任せたのではなく、おのれの責任を回避してそ知らぬ顔をしていた。

いかに他の業務で繁忙というのと、遠距離というのでは全く言い訳にならない。

だから中国人を放任したら最後は最悪の結果となる。この顛末はどうなるのだろう。

生活保障金は、新労働契約法からざっと見積もって50万元(700万円)と

24万元(340万円)。これではもはや簡単にクビにもできない。

当社にこんな状態の始末で、火の粉が掛からないことを祈る・・ 

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2008年12月16日 (火)

中華思想で得する人

尊大な中国人の行動が日本人によく理解できないのは、中華思想、一党独裁、
改革開放による経済成長において起きた社会の矛盾と超格差社会の出現
それを助長する日本の弱腰外交にあるとの意見がある。
なぜ特に日本に向かって尊大な態度を取り続けるのかは、中国五千年の優越感、
明治以降の日本の発展に対する劣等感が混在しているからであるという考えが
答えに近いと思われる。
中華思想は偉大だが、常に世界の中心であるからまん中の華でなければならない。
その文明を教えた東にある野蛮な日本がうまく取り込んで世界に通用する製品を
作り出すことに、中国人はたまらない劣等感を内心抱いている。
先進工業製品でも昨今のアニメ、サブカルチャーの発信でも常に後塵を拝している。
だが、それは皆そろって口にしない、プライドがありメンツがあるからである。
過去の遺産の中華思想が捨てられずいまだに強大な力をもつのに、一党独裁の
共産主義と資本主義が混在する現在の社会体制が関係している。
絶えない民族紛争やはびこる汚職、超格差社会、依然続く環境問題等の国内の
重要問題から少しでも国民の目をそらせて、政権を安定させたい。
この国の矛盾を抑えるには、中華思想による仮想敵国の存在が必要であり、
政治家がきちんとモノが言えない弱腰の日本は実にいいカモなのである。
そういった考え方を国全体が推し進めるうえでの経済成長なので、奇異に映って
当然である。
つまり中華思想は、政治体制のための格好のツールということができそうである。
おりしも2009年は、天安門事件から20年目の節目でもある。

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2008年12月15日 (月)

中国人的行動パターン

当社とも取引があるグループ親会社の広州支店が閉鎖することに

なった。一部の業務が残るのでその人たちは、処遇に内心戦々恐々である。

当社のフロアを一部借りたいと、北京から先日打診があった。

そんな折、午前中態度が大きな女の人が突然ずかずかと当社に入ってきた。

思い出せなかったがその閉鎖する支店の女性らしい、名前で思い出した。

当社との付き合いも長いので、自社のように親しげに顔見知りの社員と

次々と会話を交わしていた。

目的は、下見のようだがそんなことはおくびにも出さず社内をぶしつけに

見て回る。

その態度は、かつて仕事を当社に出していたときと変わらず尊大である。

そして最後は、こちらろくに挨拶もなく、でかい態度で引き上げていった。

いかにも、自分のメンツだけを重んじる行動に腹を立てながら、この5年の

中国経験で、こちらも意識して毅然とその存在すら無視する態度をとった。

内心は、彼女自身いてもたってもいられないほど不安なのだろう。

弱みを見せたくないときほど、意識して尊大な態度をとるのは中国人の

大きな特徴である。

日本企業だからといって、少し日本語が出来る平均以下の中国人を

温存してきた報いがきた。何の技術も能力もなく日本人に媚びていれば、

高い給料をもらえるいわゆる日本語屋の時代はとっくにおわった。

力のない中国人は、メンツを奪われたら退職金代わりの生活補償金が

もらえたら幸いと思って、だまって去るしかない。

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2008年12月13日 (土)

冬の広州散策

香港&マカオで日本からの訪問者案内-広州-香港日帰り客先訪問

-広州での本社出張者対応と多忙を極めた。

どんなに忙しくても週末は買い出し、ジムで運動、街歩きは欠かせない。

いつもどおりうろつくことになった。しかも春のようなぽかぽか陽気であった。

朝8:30からでかけて、KFCで粥、油条(中華式揚げパン)を食べたのち

台湾系スーパーで買い物。急ぎ戻りアパート敷地内ジムで約2時間半の運動。

その足で階下のMACで昼食。

その後は、アパート近くのバス停から233番系統広州第三バスで、環市東路、

小北路ー中山路を西へ行き、陳氏書院まで行き下車。

見事な屋根瓦を見て、中をぐるりとまわった。いつもながら見事な作りで

内部の展示も入場者に配慮し、歴然とした進歩がみられた。

陳氏書院から中華広場まで地下鉄で戻り、クレジットカード勧誘のイベント

をしばし眺めてから徒歩20分ほどかけてアパートにもどった。

ところで行きのバスの内部で60歳台後半の方が突然携帯電話で

話し始めたが、珍しいことにそれは日本人だった。

路線バスで日本人と解る人を見かけたのは、広州に5年も住んでバスを

利用しているが初めてのことであった。

そしてその方は中山七路のバス停で一人で降り、慣れた動きで中国の

街中に同化するように消えていった。それは駐在員風には、見えなかった。

Dsc03850 土曜の環市東路

Dsc03836 陳氏書院屋根

Dsc03840 陳氏書院屋根

Dsc03822 陳氏書院内部

Dsc03845_2 クレジットカード勧誘イベントは新体操リボン?

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2008年12月12日 (金)

客人訪問

中国に駐在していると、本社からの客人の送迎、接待、案内は大切な業務の

ひとつとなってくる。

一昨日来、元気のよい客人を迎え、都合1日半延々と会議を行ったが大変疲れた。

勢い余って夜に及ぶ会議ですら時間が短くお互いの理解を深めるには無理がある。

その客人は早朝の便で帰国していった。午後から重要な会議があるらしい。

この華南からでも4時間弱も飛べば成田につくので、十分勤務時間内にオフィスに

到着して仕事ができる。

この中国からの飛行時間は短く便利な反面、個人にはいいこととは思えない。

出張帰りでも簡単に引き揚げないのが、いかにも日本人らしい。

ところでどの国のオフィスでも、大概いつも遅くまでいるのは日本人だけである。

残業時間に食い込む労働を世界のほとんどの国の人は美徳でもなんでもない

と思っているがまだまだ日本人だけ止められない。

夜も最後までいてオフィスを閉めて朝一番オフィスを開けるまるで門番のような

勤務にいったいどれほどの価値があるのだろう。それを喜びとするには

ちょっと無理がある。きっと非効率と世界では笑われているかもしれない。

日本では画一的だから感じないで済むが、海外では永遠の課題かもしれない。

それでも、日本人は連夜に最後の鍵を閉め、朝は律儀に早々やってくる。

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2008年12月10日 (水)

手口

先日香港国際空港の2Fにある飲茶店で、客人の見送り前に点心を食べた。

・・「点心」という名前は禅語『空心(すきばら)に小食を点ずる』からきたという説や、

心に点をつけることから心に触れるものと言う説がある。

明確な定義はないが、食事の間に少量の食物を食べることなので、菓子や間食、

軽食の類いは全て点心と呼ばれる。  wikipediaより

いかにも中国らしいので、もてなしには適しているが、よくある点心を3点と

ビール2杯。軽くいただいたが会計の値段は若干たかく。200HK$であった。

精算の段で中国の銀行クレジットカードを使用したが、明細書は、あとで

よくみたら湖北省武漢のおみやげレシートだった。

これで恐らく従業員のポケットに50~80HK$が行ったと思われるが、小芝居を

うち小遣いを稼ぐ従業員にみごとな中国社会をみた。うっかり使った下手な

中国語で香港人店員にすっかり田舎者扱いでなめられた感がありありである。

5年も駐在してもまだまだ脇が甘いと実感したのである。

続きを読む "手口"

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2008年12月 8日 (月)

広州に深セン経由で戻る

最終日は日曜朝から客人をホテル近所に買い物で案内して、その後
ネイザンロードから歩き始めて右手にペニンシュラホテルを横眼で見て、
ビクトリアハーバーにたどり着き、風が強い湾をしばらく眺めてから
HOTELに戻り12:00前にチェックアウトした。
HOTEL前からはTAXIを使い、カオルーン駅の机場快線に行き、空港に向かう。
空港で飲茶して客人を一時半に見送り、三時過ぎの帰国便で日本に戻っていった。
見送り後机場快線で香港駅まで戻り中環駅で地下鉄、尖東駅でKCRに乗り継いで、
羅湖まで行き、徒歩深センの中国側へ入国。
中国新幹線CRHの二等車は深セン発広州東駅は75RMB。
一時間少々かけ広州東駅へ到着。
広州東駅からは地下鉄を乗り継ぎ、自宅から徒歩30分ほど離れた地下鉄1号線
農講所まで乗車する。
夕暮れの中山路、東風路、建設大馬路を歩き続けようやく自宅に到着するのに
香港空港を出て4時間半が経っていた。
香港空港から中国深センのボーダーにつくまで在来線で乗り換えると休まず
行っても2時間半もかかる。
慣れていてこれだけかかるのでこの移動は初心者向きではない。
特に、香港領内から国境を越えて、深セン駅での切符購入は大量の中国人に
揉まれての切符購入と乗車までの時間は少なからず緊張を強いられる。
社会の安定という観点から、この香港→中国は移動して見ると肌で実感できる。

Dsc03717 香港駅と中環駅を結ぶ通路

Dsc03716 地下鉄車内・・赤と黄色

Dsc03789 KCR社内・・これまた赤と黄色

Dsc03790 KCR 深セン駅

Dsc03706 新幹線 広州東駅

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2008年12月 6日 (土)

再びマカオへ

Dsc03780 TURBO JET FERRY乗船 マカオ-香港間

久々マカオに行った。行きはFirst Ferryで九龍から一時間二十分。

香港へ戻るのは、香港島上環まで、TURBOJETで一時間。

両者に大差はなく、船を漕ぐがごとくゆっくり左右に揺れながら突っ走る船は、

椅子も座り心地が大層よいので、すっかり熟睡をさそうほどであった。

前回2007年5月に訪問して以来の訪問だったが、人間の欲の渦巻く

街なのはあらためて実感できた。

世界遺産とともにカジノ、貴金属店、サウナ、夜総会(ナイトクラブ)、質屋と

いったあらゆる人間の欲望が混ざって見える実に混沌とした街である。

ニューリスボアホテルの各フロア一杯に広がるギャンブル台、舞台で毎夜

繰り広げられるという日本AV女優によるショーの大看板。いやはやである。

思いつく限りの欲望を曝け出すこの情景には、驚愕である。

良くも悪くも中国人のおおらかさが、共産党の重石が取れるとこういった形で

欲望が表に出てくることが発見できたような気がする。

宗教の面でも大陸とは違い、より身近なキリスト教感覚がある点が面白い。

そういった意味でマカオという街は非常に興味深いものがある。

生い立ち、立地からしてなるべくしてこうなっただろうと思うことと、

これから一体どうなって行くのだろうと行く末も併せて興味はつきない。

ギャンブルやお金に縁のない我々庶民は、7HK$のエッグタルトを食べて

3.2HK$の市内バスで市街地からフェリー乗り場に向かい香港にもどった。

Dsc03758_2 マカオ イミグレーションは改装整備されていた

Dsc03761 世界遺産の看板的存在 聖パウロ天主堂跡

Dsc03773 世界遺産 セナド広場

Dsc03778 ニューリスボアホテル&カジノ(街なかに聳え立つ)

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2008年12月 5日 (金)

香港に行く

今朝、会社で朝急ぎ少しだけ仕事をして広州東駅発10:17の列車で

香港にやってきた。香港では、日本からの客人を空港で迎えて、

机場快線-地下鉄で九龍にもどり、定宿にしているGUANGDONG HOTEL

にチェックイン。その後夕方スターフェリーで、香港島中環に行き、そこから

15番のバスで一時間半かけて、山頂に行き百万ドルの夜景を眺めた。

十二月のVICTORIA PEAKはさすがに寒く、早々の退散となった。

その後、ケーブルカーで麓にまで戻り、観光客のハングル語が飛び交うなか

バスを待ち、やがて30分以上経ってようやく来たバスで中環まで再び戻った。

中環からは地下鉄で湾をくぐり九龍まで戻り、そこら辺の食堂でいかにも

香港中華風な猥雑な夕食をたらふく摂ったのである。

客人も仕事で疲れており、早めに明日のマカオでの戦に備えることとなった。

Dsc03731_2 九龍から香港島越しの夕陽・・絵になる景色

Dsc03734_2 スターフェリー 湾なのに結構揺れる 2.2HK$

Dsc03740 おなじみ百万ドルの夜景・・これまた絵葉書のよう

Dsc03747 The Peak Tramは100年以上の歴史を刻む

Dsc03751_2 Tram内飲食は1000HK$、喫煙は5000HK$罰金

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2008年12月 4日 (木)

広州雨模様

この時期に珍しく、朝方2か月振りに雨が降った。

乾燥していたところにようやく、潤いが感じられる。

昨日まで出張でいた北京、天津は、どんよりしたいかにも大陸の冬らしい

気候であった。

中国の冬は、特に北に行くと気温だけではない底知れぬ重苦しさを感じる。

高速鉄道、高速道路、空港施設とインフラ整備は進んでいるが、気候だけは

変えられない。

気候に無頓着で居ても、寒くて多少風が強くても冬の抜けるような青空がある

日本の関東地方などは、実に貴重でありがたいものだと改めて思ってしまう。

住めば都という言葉どおり、長い中国生活は不快ではなくなっているが

やはり、しっくりこない印象はずっと付きまとう。

ただ、いまだ生活していくうえでの日々の出来事には興味深いものがある、

しっかりWATCHINGして行きたい。

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2008年12月 3日 (水)

北京&天津ご挨拶の旅

北京&天津に挨拶を兼ねて出かけた。この時期は真北の2100kmかなたにある
北京は広州との気温差が激しいので移動にも気合が入る。
12月1日昼12:00広州発の南方航空は、広州-北京-ハノイという国際線の
国内区間である。737-800の小さな機体で、広州から北京経由でハノイまで
行く変わった客は5~6名と少ない。恐らく、北京から乗り込む乗客も20人前後は
いるのだろう。
15:10ほぼ定刻に北京空港到着。
机場快線という北京オリンピックを機に出来た電車で北京市内の東直門まで移動。
移動時間が短いが、箱ものだけ出来ても運用では問題がある。
まず北京空港で入口のエスカレータを探すのが大変。
そもそもエスカレータ付近に電車搭乗の案内表示がない。それと電車の椅子が
堅いのと、座席ピッチがせまい、スーツケース収納がない。
東直門駅で地上に出る昇りエスカレータがないので、階段を荷物を抱えて
上がることが問題だと思う。
2回も乗車拒否されてようやくTAXIで到着したHOTELは、以前一度泊まった、
北京HOLIDAY GARDEN HOTEL。
部屋は6畳の和室、クローゼットがふすまという凝りよう。
寝床に寝室用行燈まであって障子を閉めるとすっかり和室である。
夜は知り合いのパートナー会社の方と一緒に、雑技を見る。
雑技の完成した芸には驚いた。ミスがないのは厳しい練習の賜物だろう。
ほとんど学校に行かず毎日みっちり練習をしているらしい。
いいものを見せてもらった。
上海の方と合流して粥を食べつつ3人で話、その後足裏マッサージに行き
12:00にホテルに戻る。
北京では、翌日2日は3箇所を訪問して、夕方5:00前に北京南駅から新幹線で
時速330Km/hが最高スピードで30分かけて定刻で真新しい新天津駅につく。
オリンピックの恩恵で鉄道インフラは、北京-天津を30分でつなぐことになった。
途中に大きな街は皆無なのでノンストップである。
夜は、仕事の関係が長い会社の人と一緒に食事をとり旧交を温めたのである。
翌日3日は昼過ぎまで天津の会社に訪問して会議ののち、空港にむかう。
これもオリンピックを機に大層立派になった新しい空港から、海南航空を利用。
海南島(中国のハワイ・ベトナムの東沖)の航空会社は、夏場は乗務員が
アロハシャツで乗務する場合がある。リゾート気分満点の演出である。
さすがにこの時期は普通の長袖のスーツ制服であった。
その航空会社便は、満席の乗客を乗せ夕方5:30着で広州に戻った。

Dsc03667 北京の3☆ホテルは驚きの六畳和室

Dsc03680_2 雑技団を観る

Dsc03687 雑技団を観る

Dsc03688_2 超近代的な北京南駅

Dsc03689 北京南駅中央付近

Dsc03700 北京-天津新幹線は最高速330Km/h

↑ この辺が中国式でおかまいなし、汚い手書きの号車番号表示では、

ご自慢の国産最新技術の高速鉄道が泣こうというもの。

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2008年11月30日 (日)

広州蘭圃に行く

広州蘭園のなかでも、有名な蘭圃は、越秀公園と旧交易会場に囲まれた
つまり解放北路と環市西路の角にある。
蘭を中心とした展示で南方植物がうっそうと茂りゆったりお茶が飲める公園である。
近くには、春節時期には、外省人の故郷への帰省で日本の新聞にも出るほど
人が押し寄せるので有名な広州駅も目の前である。
蘭圃に何年も行っていなかったので、気温も日中はちょうどいい時期でもあり、
ゆっくり本でも読みながらと思い立ちHOTEL前からバスに乗る。
狙ったバスは、30番系統で少し外れて蘭圃の裏側に到着。
ぐるりと周囲を回って入場する。蘭の季節でないのでなかは閑散としていた。

Dsc03585_2 蘭圃入口の門

Dsc03637 蘭圃内部

Dsc03609 茶屋内部 客はまばら

Dsc03596_3 入場券8元

日中でもひんやりする中を回り、ベンチで本を読みながら一時間ほどで全体を
廻ったあと、茶屋でお茶を注文してゆったりした気分で本を読みながらお茶を飲む。
蘭圃に3時間近く滞在して、108番トロリーバスに乗り解放北路から東風路を越え、
中山路あたりを左折して東に向かう、私は買い物で用事がある中華広場手前の
停留所で降りる。
トロリーバスは、ジーゼルバスに比べると電気なのでかなり静かに走る。
のりごこちも加速感も意外にいい。
立ち寄った日系スーパーは、身動きとれないほど混雑していたがレジはすいていた。
前の中国人客は、これみよがしにカードで30元足らずの離乳食を買い求めていた。
少額の買い物でもクレジットカードを使いたくてしょうがないらしい。
その手の中国人がスーパーのレジの流れをせき止めている光景をよく目にする。
夕方スーパーで買った食品をリュックに詰めて、徒歩20分ほどで街中を抜け、
いつもの近所の足裏マッサージに行きいつもの日曜が終わる。

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2008年11月29日 (土)

広州全社野外活動

Dsc03569 野外活動 ハードな峡谷探検コース

Dsc03563 野戦場(二手に別れていい大人が戦争ごっこ)

土曜の朝も早い8:15に天河区体育東路広州酒家前に集合して、マイクロバス
で北に向かう。そして一時間ほどで野外活動の現地に到着。
亜熱帯ゆえ山は紅葉などなく、木々の緑で一面が覆われていた。
さらに空には雲ひとつない快晴であった。
山のふもとでは広州といえども9:00過ぎでもこの時期は震え上がるほど寒い。
そこではとてもこわそうな迷彩服のおっちゃんが待っていた。
その人が指導員兼隊長で池のほとりでいきなり全員整列させられ、点呼を受けて
柔軟体操を行うことになった。
さらに全員迷彩服を着用して、レーザービーム銃の取扱いを指導を受けて、二手に
分かれ野戦が開始された。隊長が銃撃戦での様子をPCを使って観測しているので、
何番に弾があたったという情報が、すべてリアルタイムで解る仕組みである。
意外にハイテクなのは驚きである。
全員ですっかり2回戦ほど楽しんだが、中国人はこうした戦争ごっこが相当好き
であること。中国女性のほうがむしろこうした戦争ごっこが大好きであること。
人民解放軍の出身者が、こんな戦争ごっこでも戦い方も知っていてやたら強いこと。
いろいろとおもしろい発見があった。
その後、BBQを行い、ビールや白酒やワインを飲み、いい加減酔っぱらった状態で
山道を30分ほど歩くと、突如眼のまえに遊園地の景色が飛び込んできた。
遊園地で1時間ほどさまざまな遊具で遊び、続いての峡谷探検では縄梯子あり、
ロープ1本渡されてネットがあるだけの峡谷を渡り、吊り橋もありのダイナミックな
散策コースをこれでもかと1時間以上歩き、ようやく元の野戦の集合場所に戻った。
さらに夕暮れが近づくなかマイクロバスに乗り、広州市内にまた1時間かけて戻った。
17:00に出発地点に到着。
いつも感心するのは、社員がこの手のイベントには、一部のひねくれ者を除き
ほぼ100%参加するということである。
そして変に気どらず適当に楽しんで適当に帰るので、良かったのか悪かったのか
考えてしまうが、その実は結構皆さん純粋なのでほぼ全員が素直に楽しんで
くれているようだ。
私も社員と交流して、大自然の山河を駆け巡り存分に楽しんだ一日だった。

Dsc0355812月も近いというのに山は一面緑一色

Dsc03559 全員チーム毎に異なる迷彩服で整列

Dsc03560 怖い隊長から銃の扱い方の指導を受ける

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2008年11月28日 (金)

3つの刃物

華僑の職業は、3つの刃物で成り立つという話は有名な話。
コックの菜切り包丁、洋服屋の裁ちばさみ、それと床屋の髭剃り
これらのどれかを使えればどこに行っても食うに困らないという、誠に理に
適ったお話である。
昨夜は早めに夕食を食べ床屋に行った。ここ2年ほど行きつけの床屋であるが、
どうにも店の人間の出入りが激しい。
鋏を使い髪を切る人も洗髪が専門のにいちゃんも、床の掃除やらお茶を出す
だけの下働きの人も、1年間ずっと勤め上げている人は稀なようである。
以前から手順を言ってあるので行くたびに人は替っても黙々とやってもらい料金と
手順はいつも同じ。
昨日はその順番がちがうと文句を言って修正させたが、稀に順番が適当に
なることもある。
営業許可証は店の壁に貼り出してあるが、理容免許など必要なさそうである。
さらに自宅で髪を洗う習慣の人が少ないため、どの店でも髪を切る場所の椅子より、
洗髪台のほうが数が多い。中国で見た洗髪台は全部仰向けである。
散髪してそのままではなく、例外なく移動させられる。
スーパーなどでは、シャンプー、リンスを販売しているので、無論家でも洗髪するが
人に洗ってもらう方が当然楽で、洗髪のあとのドライアーも髪が多い女性など特に
大変なので、1回10元、15元の回数券で毎日のように来ている人も多いようだ。
中国では、人口も多く女性も働く人が多いので、外食屋と美容院は旺盛な需要に
支えられていつも繁盛している。
人間が生きていくうえで必要なことを身につければ、なんとか生き延びられることを
中国では社会が教えてくれる。
ところで昨夜も床屋に入っても挨拶は、「にいはお」でなく、「飯食ったか?」だった。
いかにも広東らしい。

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2008年11月27日 (木)

カード犯罪続報他

カードの利用明細から先日のUNITED AIRの航空券の利用が消えていた。
当然だが、ようやくすっきりしたことがなぜかとても嬉しい。
カードを使う限りこういったことの繰り返しは、いったいどう対処したらいいのだろう。
個人の中途半端な預金や財産があるからこういったことに犯罪に巻き込まれるので
あるなら、いっそなにもない方がいいという乱暴な理屈もある。
中国にいてさえも極端な貧富の差がありひどい格差社会があるのは、ずる賢く財産を
作ることができる仕組みを使えた人間かどうかだけなのはどう考えてもおかしい。
共産主義でこれほど貧富の差が激しいのはなんと矛盾することか・・・
今日も、会社の前近くの会所(レストラン、サウナ、マッサージ、娯楽場)には、
イタリア製超高級スーパーカー(会所オーナ―が連日路上駐車して見せているらしい)
その他、香港マカオナンバーグレードの高いベンツ、さらに軍ナンバー高級車
(レクサス、ベンツ、パジェロ・・)そんな車がずらり並ぶこの摩訶不思議なながめ。
この国は共産主義でなかったのか?実に目を疑う光景だ。

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2008年11月26日 (水)

再び日本人向けクリニックに行く

2週間経ったので朝から検査結果を聞きに再び日本人向けクリニックに行く。

前回の血液検査の結果を聞くが、正常値。2回検査を繰り返したが、

正常の値だったと医師が言う。一過性の筋トレのやりすぎ結果だろうか?

無理すると数字が変わるので要注意だ。

念のためもう一度採血をして、その結果を含めて会社の診療所に報告すること

になった。クリニックもさらにお金になるのでその対応に異論はないだろう。

ドクターいわく、この結果ではまず心配に及ばすとのことで、なぜかビタミン剤が

処方された。

採血する看護士と日本語で話す。なんでも看護士資格を取ってから日本語を

学んだそうである。広東人でなく江西人であった。

どこに行っても、賢い人は自分の付加価値のつけ方をよく知っている。

待合室を見廻すと、風邪ひきの駐在員の子供が何人か親子連れで見受けられた。

現地の医療事情を垣間見るとやむなしだろう。

保険の効かないインフルエンザワクチンを250RMB=3500円で勧められたが

特に興味ないので接種しないことにした。今年の北半球でWHO推奨 EU要求に

符合した注目ワクチン株は3種類。

ワクチンは一流メーカー製造でドイツ製、フランス製で中国製ではない。

ちなみにアレルギー反応の皮下テストも検査料100RMBが必要である。

これらは予防接種なので保険対象外である。

これが、家族同時接種だと膨大な負担となる。

今回私は、保険が効いて診療+栄養剤の処方+血液検査(部分)で

1500RMB=約21000円だった。

個人負担ではいずれも厳しい数字である。

この医療格差では、病気にならない努力で養生することの大切さが身にしみる。

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2008年11月25日 (火)

またまたカード犯罪に遭遇

中国にいてカードを使う機会が多いせいか、よく不正引き落しに巻き込まれる。
最近は年に1回程度は、何かしら被害に遭いカード再発行やら引き落し停止をする。
個人カードといえども手間がかかる。これは一般人よりは、多いほうかも知れない。
CARD会社が素早く気付いて引き落し確認してくる場合もあるが、手口も巧妙になり
常に自身で請求明細と事実関係に気を配り早めに対策しないと被害に遭ってしまう。
今回は、5日ほど前に日本でUNITED AIR航空券をCARDで購入されていた。
日本円決済なので、11月初めの日本出張の際にやられたか、インターネット
ショッピングで、10月にAnti-Virus Softを購入する電子商取引の際に番号を
盗まれた可能性も十分ある。
いずれにせよ、UNITED AIRはこの20年以上乗る機会がない。
ここのところ毎月コンスタントに使うので13万5千円という微妙な価格は、
恐らくたいしたチェックもせずに引き落とされたかもしれない。
遅まきながら利用明細が確認できるWEB サービスの提供を受け、引き落し予定を
今朝たまたま見ていたので幸い今回の不正使用が発見できた。
過去数年では、1回数万円の不正利用は何回かやられてしまったも知れない。
カード利用の落とし穴は、至る所に存在している。平和な日本でも相当危ない。
便利だが究極の安全対策は、やはり使わないに越したことはないと教えてくれる。

調査依頼から3時間半で使用者が判明、Martinez Consuelo なるラテン系の

名前の男が私のカードを使ってUnitedの航空券をUSD1,387.76で買っていた。

前のカードが本年9月で失効になって、10月から新カードでマレーシア、上海、

広州、日本と4か所の場所+国際線機内で2回ほどカードを使った。

いったいどこでやられたのだろうか?

無論カードを即刻無効で停止するよう係の方にお願いした。・・・恐ろしいことだ・・・

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2008年11月24日 (月)

中国人花嫁の話

中国にいると、日本への花嫁紹介という形で仲介会社が存在していることが
目につく。なんでも大小60社ほどあるらしい。
ちょっと雰囲気が怪しい気がするが、なかには誠実な紹介業者も存在するらしく、
日本農家の嫁不足解消には中国農村部からの花嫁紹介は欠かせない。
いまどきはTV電話でお見合いして、高めのツアー料金を払って現地訪問して
結婚を決める。
そして成功報酬で業者は、まとまった金額の紹介料をとる。
最近はその花嫁は中国が一大供給基地らしい。
昨年の統計で国際結婚は、他国をおおきく引き離し年間1万2千組以上が
正規に中国人と結婚しているらしい。
日本の国際結婚が年間4万組程度なので、1/4強は、中国花嫁と
いう計算になる。
中国女性の日本人との結婚は年間1万組を超えたのが2001年で、もう8年も
高水準が続いているというから驚く。
給料面でも、10倍貰える日本へのあこがれは強いが、都市部などでは物価も
8倍ほどと高いので、想像しているほどの贅沢な暮しは待っていない。
特に中国東北部を中心に農村から都市部(東北3省の都市)へ仕事に来ていて、
次のSTEPで日本への花嫁と狙う人がそのルートに多くいるらしい。
いまでは、IP電話やMSメッセンジャーを駆使すれば、日本国内の中国人の友人や
中国在住の友人とも会話が出来るので、日本にいながら中国語の世界に十分
浸ることも出来る。留守家族の事情や、出産で長期里帰りする人もいると聞く。
日本人男性が騙される話も聞くが、何もそれは中国人だからとは限らない。
親や家族を大事にすることは日本人が希薄になったもので、貧乏な実家に余裕が
あれば送金したいのも変わらない人情だろう。
ただ、送金額でもめる位はましで、預金通帳と花嫁ごと消えることもあるらしい
日本では、わずかのアクセントの違いで差別する心のせまい人も多く存在するので
日本社会に溶け込んで地域のなかで生活することは大変な場合もきっとあるだろう。
中国人のなかには大陸的な気質のDNAを色濃くもち、多少気が荒い人や極端に
気が短くかつ表現がストレートな人も確かに存在するので、穏便を望む日本人と
トラブルが多少あるのはしかたあるまい。
その気性の激しさを、たかが数日間の見合いで見分けるには、相当無理がある。

しつけのありなしくらい解っても、気立て良し悪しまでは見抜けないかもしれない。

日本のマスコミも取り上げ方のバランスが悪いので、中国人が事件を起こすことで、
結果悪党だらけの中国人というイメージを与えてしまう。
たとえば、誠実な福建人だって世の中には多い。
さらに言えば日本人だって、もっと悪党がいるではないか?

そんななかでも、今日も中国女性は日本を目指すのである。

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2008年11月22日 (土)

広州モーターショーに行く

Dsc03525_2 Dsc03532

第六回中国国際汽車展覧会広州モーターショーが、交易会会場で開催されている。

本日は日系自動車会社の方と見学する機会を得た。

土曜の一般公開ということで、超満員だったが、車を観るのと

モデルを観るのと目的が双方あるらしく、モデルが出てくるとカメラ片手に黒山の

人だかりのモデル撮影会にたちまち変わってしまうのは、何処も同じ。

それでも、アメリカでも欧州でも日本でも頭打ちの自動車販売で

数少ない中国という成長市場に各社展示に力が入っていた。

景気減速で展示も控え目とは言え、大音響と迫力映像の演出はなかなかすごい。

紹介している車の持つ魅力は中国人の見栄を飾るには十分な道具なのだろう。

車の運転席に乗り込み、携帯で長電話しているアホが目についたり、べたべた

車のボディにさわりまくったり、食べ歩きと食べかけの食べ物放置といった

自由きままな中国人はどこに行ってもペースを崩さない。

またにこやかなモデルとちゃっかり並んで写真に納まったりする軽薄さは何処も

同じ情景だった。

とは言え、私もマツダのブースでつい一枚↓

Dsc03527 

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2008年11月21日 (金)

窃盗事件中国式解決方法

事務所が入っている商業ビルで恐らく警備員も手引きして、明け方の時間帯に
とある会社のドアを蹴破られ、机の上のノートPC数台のWIREが切断され、
強奪された。被害額は、聞くところ約120万円。
ものものしい状況のなかで警察がかけつけ聞き取り調査し、指紋採集して帰って
いったらしいが、ここは広い中国なので犯人は逮捕には至らなかったらしい。
そうでなくても凶悪犯罪が多いなかで人的被害が皆無の早朝の窃盗事件などとるに
たらない犯罪に警察もかまっていられない。
PCの中古市場への横流しによる金目当ての犯行だから、高度なデータ流出といった
文明的な事件にはまずもって発展しない。
しかも、足がつかないように遠くの街の中古PC市場に横流しするので、中国の
警察力ではまずもって犯人は解らない。
当然ながら、ビルの警備の問題だが、安い給料のガードマンが小遣い欲しさに
手引きして、狙い易いわきの甘い事務所に押し入る犯罪だろうから警察は形式的に
関わるだけで手出ししない。
そうなると被害者側は、泣き寝入りはくやしいから、少しでもビル警備の不備を
認めさせ、たとえいくらかでも金をビル管理会社からむしり取らなければ、
怒りが納まらない。
そうして長い長い2月からの示談交渉が始まったらしい。
それが最近落とし所ができて、ようやく解決となったらしい。
管理会社に毎月納める電気代水道代のうち、被害額の10%強の金額(2ヶ月分)を
支払わないこととなったようだ。
これも最初から落とし所を定めていて、真夏の電力消費の多い時期に結論を出さず、
涼しくなり電気代が下がる時期まで待つ、管理事務所の交渉力もさすがだと思う。
この落とし所が、極めて中国的なのだと思う。
所詮事件は事件であるが、担当者個人から見れば会社間のできごとなので会社の
面子をつぶさないことが最重要。
そこで、金額的合意が必要で被害申告額の半額とか30%では管理会社の負担が
多すぎるし、とは言え5%以下というのでは被害者側の面子が立たない。
極めて微妙な10%から20%が落とし所になる。
あとは、押しの強さと個人がどれくらい思い入れて交渉に当たるかだろう。
中国人は、国外国内を問わず交渉にしたたかであるが、最近思うことはどうやら
それをゲーム感覚で楽しんでいる節もある。

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2008年11月20日 (木)

気配り、目配り中国人考

どうやら中国人を部下に持つことは常に気配り目配りをして、目的達成のため
うるさいほど進み方を監視して、声に発し続けることが重要なポイントなのだという
思いを今更ながら新たにした。
監視されなければさぼり手を抜くのは、自分の心に聞いてみると思いあたる。
それは何も中国人に限らない。人はよほど自身を律する力がなければ楽な方向に
流される。だからだろうか、近年監視カメラは、とにかくいたるところで需要がある。
人は常に見られて録画されていることで、異常行動がかなり抑止されるのだろう。
録画しながら大きな音やひとの声が連動すれば、抑止力はより効果的だろうが
まだそれは見たことがない。
また、ひとには声を出して自分の意思を伝えなければなにも理解してもらえない。
中国に来てなによりまず身にしみたのは、以心伝心などとんでもない大嘘だ。
ということである。
声に出さないで人の心の内がそんな簡単に解ってたまるもんか。
まして、会社での関係など所詮金銭でつながっているだけとドライに捉えれば、
なおさらである。
つまり、気配り目配りは自分自身の為に協力してもらうツールであり、声をかけて
確認することは善意に期待するのではなく、意思を伝えて物事を進める手段である。
中国人は、比較的ひねくれた人の割合が少ないので事象に素直に反応する。
そして、体制や世の中の流れに逆らうことの困難さを良く心得ている。
また、監視する苦労より監視されて指示され、そのなかで手抜き方法を探す方が
ずっと楽で、精神衛生上いいこともよく知っているのである。
ただ日本人以上に恩を受けたことへの義理は、根付いている点はおおいに
評価したい。
逆に裏切られた時のうらみ復讐の炎も相応に大きいことも知って置くべきだろう。
そういった中国人の特徴をつかんで接しないと、とんだしっぺ返しを食う。
中国人化した日本人にもその対応は同じであると思う。
総じてかなり扱いにくいが、掛け値なしで興味深い隣人でもある。

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2008年11月19日 (水)

四川変面を見る

ゆうべとある飲み屋の新装開店にふらりと行ったところ、四川変面のSHOWを
見る機会に遭遇した。
過去何度か見ているがとにかく素早い動きで見るたびに驚く、昨日も50歳と
おぼしきおじさんが、派手にパフォーマンスを見せてくれた。
おじさんは、やはり四川人らしく小柄でまるい顔なので結構若作りに見える。
マントをつけ帽子をかぶり派手な舞台衣装で音楽に合わせて舞台せましと駆け回り、
客席まで出向きお客にわざと顔を近づけながら、今回20枚近くマスクが瞬時に次々と
入れ替わるのは、エンターテイメントとしてかなりおもしろかった。
中国の川劇という伝統芸能のなかで、演じられるのが正しくこれは「国家2級秘密」で
世界遺産申請中とのことである。
現在この役者は200名足らずということであるが、広州や上海といった大都会だと
このような芸術を身近で見られる。海外生活ならではのとても楽しいことである。
こういった機会を前向きに楽しみながら、明後日は中国駐在がまる5年となる。
長いようで過ぎてしまえば、瞬く間の5年間だった。

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2008年11月18日 (火)

日系損害保険会社広東支社開業式

昨夜は、日系損害保険会社の広東支社開業式に出席した。

超5星HOTELの1階の巨大バンケットルームでは、500人近くを招待して盛大な

開業式が開催された。支社開業に随分大掛かりなのは本社の意気込みを感じる。

お祝いの黄色の獅子が踊り、大きな一斗樽を2樽ステージに置いての鏡開き、

千手観音の華麗な踊りがあり(↓)、中国政府要人や在広州日本総領事が挨拶。

損害保険会社の日本本社の社長まで来て挨拶されていた。

Dsc03516華麗な彼女たちは耳が全く聞こえずしゃべれない

                    Dsc03517 

お祝いの花は、200本近くが並べられ派手な演出のなか約2時間で散会となった。

  Dsc03522  仕事を頂いているお客様でもあり当社も花を贈った

参加記念品は、「G-SHOCK」という時計なのがいかにも損害保険会社らしい。

広東省での損害保険の事業認可は14社目とのことである。

いまの時期に、製造業でなくこういった損害保険分野で業務を本格拡大するところに

その意義を感じる。

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2008年11月17日 (月)

結婚紹介所閉鎖と中国景気

米国を中心に中国花嫁を斡旋している会社の事務所が、アパートの階下にあった。

珍しく英語を話す多くの中国人女性が働いていたが、先日突如閉鎖された。

昨今の米国の景気が落ち込んだのが原因かどうか解らないが、3ヶ所

あった事務所はすべて閉鎖され跡形もなくなっていた。

それだけ、中国人にとって外国が魅力が無くなったせいと同時に、中国人の

暮らしぶりが目に見えて良くなってきたので、苦労して外国に行く必要がなくなった

せいもあるのだろう。最近の統計の数字を見ても、中国はさほど景気が悪くない。

広州では第三四半期も昨年比で18%も貿易額が増えた。ただし、ASEAN向けが

好調で、北米向けは横ばい。2009年の全体GDPも8%-9%とまだまだ伸びる

予測が出ている。

内需拡大政策も矢継ぎ早に出されて、巨大な国家ながらフットワークがなかなか

いいと感心する。

このまま、世界の工場として適正化しつつ維持しながら中国は新たな成長を

していくのだろうか?

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2008年11月16日 (日)

週末映画鑑賞と文明社会推進

昨夜は、上海で前回行った時に仕入れた日本TVドラマDVD「四つの嘘」、

アンジェリーナ・ジョリーの「WANTED」を連続して、3:00過ぎまで見てしまった。

WANTEDは相変わらずの洋画のスケールと派手な銃撃戦、大胆なカーチェイスや

走る列車に車が突き刺さり、高架鉄橋から落下と随分漫画じみた映画だが、やはり

人気劇画が元らしい。

中国単身赴任の週末で家人の監視がないので、ついつい時間を忘れてしまう。

おかげで充実するも、朝は10:30起床。陽はすっかり高く昇って今日もいいお天気。

食事作って食べてから、ノートPCをバッグに入れて喫茶店に行く。

街を行くと街路樹の根元に座り込む少女がいると思ったら、母親もいたが爽やかに

用足しをしていた。

中国では、街路樹の根元は常に要注意、あらゆる廃棄物や排出物が落ちている。

最近は犬を飼って散歩している人もいるが、犬の排泄物は見ていると路上放置が

ほとんどである。

市民文明は、ネズミの駆除、ゴキブリの駆除、公共の場を清潔にし、

廃棄物の正しい始末から始まるということでスローガンがあちこちにある。

事実、路上での食べ残しや野菜屑、骨付き肉の放置や散乱はよく目にする。

目を凝らすと街中でも大きなネズミが走りまわるのを目にするのも珍しくない。

今まで気にせず済んでいたことが、市民文明という言葉が先行してしまい

やたら気にさせられてしまっているのが、今の中国なのである。

そうすることで文明社会の建設を推進しているというのが、政府方針なので

しかたあるまい。

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2008年11月15日 (土)

いつもの休日

普段の休みでゆっくり寝るはずが、昨夜早く寝過ぎたため6時半に起床。

秋の雲と朝日がきれいなのがうれしくてついつい写真を撮った。

Dsc03495

朝食を作り、食べたあとは洗濯機を回し食器を洗って、午前中はジムに籠る。

ジムでシャワーして、アパートに戻り、昼食をとったあとは、徒歩30分の

中華広場というショッピングセンターにある、「ジャスコ」へ行く。

Dsc03424 休日の街なかの様子 環市東路

中華広場の横にはいままで気付かなかったが、英雄広場ということで、

中国の英雄たちが、ブロンズ像になって立っていた。

Dsc03501_2 英雄広場の英雄(中国共産党設立に貢献した)

Dsc03506_2 英雄広場から環市東路方面を望む

買い物のあとは、しばらく天皇杯サッカー中継を見ていたが、J1神戸が

J2の佐賀に大差でボロ負けしていた。

今日はアパートでインターネットが繋がらないので、徒歩10分ほどの無線LANの

ある喫茶店で少し仕事しながらコーヒーを飲む。

薄暗いが落ち着いた喫茶店は、だらだらいても文句も言わず、水を時折継ぎ足す

他は、放っておかれるのがいい。

開店時間も、朝8:30から深夜1:30とやたら長いのがまたいい。

何もも起きず平凡な休日が過ぎていき、いつしか喫茶店の外は暗くなった。

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2008年11月14日 (金)

宇宙ビジネス

先日新聞に、ベネズエラ1号打ち上げ成功とあり、なんだろう?と

読み進むと、中国が委託され人工衛星を打ち上げて軌道に乗せその運用まで

請け負っているとのことである。

2007年には、ナイジェリア1号も打ち上げており、調べるとこの宇宙ビジネスは

かなり以前から国外の仕事を獲得しているらしい。

既に、委託されて打ち上げた人工衛星は29回実施し、35基が成功している

とのことで隠された一大国際貢献である。

乞食が道端で大挙してのたうちまわるほどの格差社会と宇宙ビジネスとは、

この中国の複雑な事情を映し出していると言える。

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2008年11月13日 (木)

ほどよい季節

ここ数日は、空調がいらず暑くも寒くもない。

昼のオフィスも夜のアパートも快適な気温の時期は、殊のほか

短いのである。

秋の日差しは柔らかい。

いままで街中で見かけた大胆なタンクトップやノースリーブはさすがに

見かけなくなった。

ところで中国華南ではここまで傘が必需品だとは知らなかった。

年中日中は日傘代わりの雨傘を差している広州でも、さすがにその

女性たちの数もめっきり少なくなってきたが、それでも習慣なのか

まだちらほら見かける。

物事をあまり気にしない中国の女性もさすがに無骨な雨傘は、嫌なようで

カラフルで実はあまり紫外線対策にならない花柄を好んでいるようだ。

季節は巡り、いまは冬の目前だが、真夏のジリジリ焦がす40度UPの

強烈な暑さがふと懐かしい。

暑くても寒くても、人間の気持ちはかくも勝手なものである。

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2008年11月12日 (水)

広州で日本人向けクリニックに行く

日本の会社の診療所から、先日11月初めに帰国した際、採血した血液の
検査数値が上がっているので、再検査に帰国可能かの問い合わせがあった。
いかに、病気のためとは言え、一週間置かず日本に帰国する訳にもいかない。
そこでビジネス街の広州で一番高い80階建ビルの14階のクリニックに行った。
そこは日本人向けのクリニックで、そこで中国人医師の問診と日本人の
医療コンサルタント兼通訳とお話し、採血をおこなってきた。
清潔なクリニックで、駐在員の奥さんらしき日本人の女性が数名待合室にいた。
さらに面識のあった、以前良く通った日本レストランのウェイトレスで、日本人と
結婚している中国人女性と偶然ほぼ5年ぶりにそのクリニックで遭遇した。
日本人と結婚したからその恩恵が受けられる数少ない幸運な中国人である。
せまい日本人社会のクリニックにはそんな人もいた。
驚いたのはその料金である。
会社が海外旅行者総合保険なるものに加入してくれているので、治療目的ならば
自己負担はないはずだが、問診と血液検査で1570RMB。保険が利かないと
約23000円の個人負担を求められることになる。
この診療を市内の病院で行う費用は1/10から1/12程度で済むが、あらゆる面で
安全の保障はない。
かのクリニックでは、当然輸入品の採血器具は使い捨てで高価なものである。
かように中国での安全確保はかなり高くつく。
幸いこの駐在期間の丸5年は、ほぼ健康であり風邪をひいても薬局で薬を買い、
呑んで安静にしていれば治った。日本でもめったにないが現地でも風邪で休んだ
記憶がない。ごくたまに点滴までいくこともあったが概して問題なく過ごした。
あらためて、海外生活に耐えうる丈夫な身体に生んでくれた両親に感謝している。
今回、生まれて初めて海外旅行者総合保険のお世話になることとなったのは、
なにやらそろそろ海外生活卒業の天の声なのか??

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2008年11月11日 (火)

広州バイク事情&人民解放軍ナンバー車両

広州着任当初2003年頃は、地下鉄駅出口周辺には、人相や柄の悪い

バイクタクシーが大挙してたむろしていた。

通常のTAXIに比べて半額近くで、臭いヘルメットまで貸与してくれて

目的地まで渋滞もすり抜け素早く運んでくれた。

ところがバイクの二人乗りによる、歩道の通行人の盗難事件が相次ぎ、

市内では通行人の歩道側に下げたハンドバッグの切り裂き事件や、

かばんのかっぱらい事件が後を絶たない無法地帯だった。

当局はついに2006年には、広州市内へバイクの乗り入れを禁止した。

そしてバイクタクシーは市内から姿を消すことになった。恐らく白タクだろう

たくさんのバイクが撤去された。

例外として唯一身障者の三輪バイクは認められたが、その特殊なバイクを

借り受けたか盗んだか知らないが明らかに健常者が乗り回す状況を、

時折目にするようになった。昨夜も身障者用バイクのノーヘル3人乗りで、

公道を歓声をあげて走る姿を目撃した。

違法取締りが中途半端で、不正や賄賂がまだ残るので、目に余る行為を

しつけのされていない自由奔放な若者がおこなってしまう。

警察や軍隊の違法行為や逸脱行為は、目に余る。

人民解放軍のナンバーの高級乗用車を朝から、若い女性が一人で

運転したり、家族連れが乗っていたりして、その運用方法は理解に苦しむ。

偽物の軍ナンバーが闇ルートで流通して誰でも購入可能とも聞くが、真相は

わからない。軍や警察なら、高速道路や橋は無料レーンから進入できる。

言論統制はしっかりされても、こういった統制はまだまだ甘い。

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2008年11月 9日 (日)

広州に戻る

日本出張から昨夜11:00着の日系航空会社機で任地に戻る。

行きの東京便と違って、80%以上の乗客が乗っていた。

3列掛けの隣の2人は、サンフランシスコ在住広東人

50歳代後半の華僑である。(たまたま所持のパスポートが覗けてしまった)

やはりしょっちゅう里帰りできるリッチな華僑ばかりではなさそうで

その夫婦は、飛行機にめったに乗ったことがない様子で英語で質問を受けた。

巨体を揺すり黒人がせまい機内のあちこちを闊歩し、日本旅行帰りらしき

広東人の大声の広東語が飛び交うなか、定刻40分遅れて18:50離陸。

約2時間かけて日本をほぼ一直線に縦断、1時間ほど東シナ海を

長崎福江島から上海に向け飛んで、上海からは中国大陸内陸部を

華南に向けて湖北省、湖南省と2時間南下し、夜更けの広州に到着。

夜11:00過ぎの時間だが、アラブ首長国連邦ドバイからのエミレーツも

到着していた。

日曜の広州市内は晴れ渡り、風も強くこの1週間ですっかり秋めいて

いた。

Dsc03454 広州秋晴れ

Dsc03463 広州夜景

珠江の夜景        800pxpearl_river_in_guangzhou

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2008年11月 4日 (火)

東京品川に出社

久々3ヶ月ぶりの日本にて首都圏に出社した。

通勤かばんの他にみやげものの紙袋を抱えて8時過ぎの山の手線乗車は、

やはり無謀な選択だった。

すし詰めの車内では、朝から3連休疲れからかストレス充満のオヤジから

悪意に満ちた陰険な体当たりを食らい、よろめきながらの通勤となった。

大層、便利になった首都圏のJRは、車内では同じ口調で、繰り返し

注意を喚起するアナウンスが、機械的に響いていた。

出勤途中に会社の診療所に寄ったので、品川駅から都バスで会社へむかう。

JRのみならずバスでもSUICA、駅でもSUICA、大変便利だが消費もかさむ

IC CARDは、中国では一般的で公共機関やTAXIで利用する機会が

一般的だが駅の売店では使えない。

広州の場合は、廃車TAXIの再利用つまりクローンTAXIがあるので、かなりの

確率でIC CARDは使えない。10台に1台程度がやっとといったところ。

上海では、逆にIC CARDを使えないTAXIに出会ったことがない。

北京に至っては驚くべきは、北京オリンピック直前まで地下鉄やバス乗車券は

ペラペラの紙でおばちゃんが改札ではさみをいれていた。

IC CARDは、一般化したのは実は今年からである。

このように、都市ごとに進化の度合がまるでちがう中国から一時的に帰国すると、

均質に利便性がどんどん良くなる日本には目を見張るばかりである。

この一枚も二枚も上のサービスに中国が追い付く日がはたしてくるだろうか?

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2008年11月 3日 (月)

日本到着深酒反省

昨日から日本に出張で来ている。

飛行便は、日系航空会社であったが、737-800のウィングレットが2m近く

立ち上がった新しい機体で、新システムの個別TVつきで映画をゆっくり

楽しめることができた。このところの中国旅行者と出張者減少で乗機率は

50%弱。(定員165名)

737は30年以上前の1977年SUDAN AIRで利用して以来時折

使うことがあるが、実に息の長い機種である。

晴れた房総半島の銚子上空から進入して犬吠崎灯台を見下ろし、

鹿島臨海工業地帯を右に見ながらやがて成田に到着。

気温17度は広州との気温差が15度近くあり、あらためて冬が

近づいてきたことが実感できる。

夕闇せまる4:30に友人とある駅で待ち合わせ、スーツケースをもったまま

酒を飲み始めて、ついつい11:30過ぎまで盛り上がってしまい深夜の帰宅

となった。

Jal_19_360_270

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2008年10月31日 (金)

無酸素運動と有酸素運動

先日NHKWorld Premium を見ていたら「試してガッテン」で、無酸素運動と
有酸素運動の組み合わせとおこなう順番、さらに無酸素運動でも
ペース配分をゆっくりすることで効果がまるで違う。という内容を放送していた。
その番組を見て忘れないうちに実践する事にした。
昨日は、とあるHOTELで当社も取り扱う機器の新製品発表会があった。
発表会が終わり6:00帰宅と仕事が早めに終わったので、アパート隣接の
ジムに行った。
普段トレーニングは土曜の昼と決めているので、ほとんど貸切状態だが、
夜の場合は数名がすでに運動していた。カップルがいて楽しくトレーニングしていて
少々不快な気分になる。
近年は富裕層や健康を気する中国人が増えてきたような気がする。日本のような
アスレチックジムを街中でみかけるようになった。

ジムでは、運動スペースを確保してゆっくり時間をかけて柔軟運動をしてダンベル、
腹筋と進む。スクワットはかなり効果的だがゆっくり20回でも2ラウンドでもきつい。
鏡の前で鍛えていると、とてもストイックな気分になる。
背筋を強くすることで姿勢を良くすることを心がける、使いなれたいくつか器具を使い
こころがけてゆっくりここまで無酸素運動をする。
仕上げは、トレッドミルで時速6kmの速さで姿勢に気をつけ胸を張って30分歩く。
有酸素運動は、自転車でおこなう場合もある。これも20分以上。
トレーナーらしき職員もいるが、機器の操作以外知識がないのでほとんど放置状態。
効果的なトレー二ング方法を指導している姿を見たことがない、訊かれないのと
訊いても解らないからだろうと想像できる。
ハードウェアは簡単に手に入っても、運用やサービスという観点ではこれからと
いうのは、中国においてはすべての面と同じ。

筋肉は、使わなければ30歳を過ぎれば年齢があがるに従い確実に衰える。
併せて無心になれば、結構爽快な気分になる。
本来ならば週3回くらい行いたいが、時間もなく週1回程度だが休みながら
2年以上続けて見たらある程度効果があったようである。
これも、単身赴任5年の成果のひとつだろう。通っているジム風景↓

続きを読む "無酸素運動と有酸素運動"

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2008年10月30日 (木)

会社周辺昼風景

カメラを持って昼食後に外にでる。11月の声を聞くというのに汗ばむほどの陽気。
歩くといつも休日に利用するバス停を通りすぎ、やがて大きな歩道橋を渡る。
会社の前には片側6車線、双方向12車線の大動脈が走っている。
歩道橋までいくか、10分反対方向に歩いて立体交差をくぐらない限り徒歩で反対側
にいけない。それでも命知らずにも強引にわたってしまう人があとを絶たない。

Dsc03414_2 広州大道 強引に横断する中国人

歩道橋は、鮮やかな赤いブーゲンビリアであふれていた。

Dsc03409 歩道橋 きれいだがやりすぎ

大きな道路と会社のある建物とは20mほどの緑地帯があり、センスある都市計画で
遊歩道が続いている。
歩道橋の下では果物を売るおばさん、サトウキビ売りのおじさんがいた。

Dsc03417 果物の路上販売

この人たちは、炎天下一日外で売って、いったいいくらの稼ぎになるのだろう。

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2008年10月29日 (水)

広州友誼商店

昨夜9:00過ぎ、土産物を求めにアパートから歩いて10分ほどのデパートに行った。
その名も広州友誼商店という。夜10:00まで開店している。
この名前からして、外国人に開かれた友好的な国営商店のイメージだが
いまではすっかり、自由主義圏のデパートと作りも変わらない。
一階には、高級化粧品、高級装飾品、時計が並び、階をあがると高級紳士服婦人服
カジュアル衣類もスポーツ用品もブランド品。電器も置いてある。
さらに食料品フロアでは、日本食のコーナーがあり高い食品が並べてある。
2001年頃まで出張で訪れた際には、古い建物しかなかった。
商品棚には、お茶、海苔、はちみつ、見るからにまずそうな菓子類は貧弱な包装、
チョコレートに至っては、なぜか鯉や扇子の形で成型された、味も甘くないものが
雑然とした棚に置いてあるだけだった。
従業員は、たくさんいても突っ立ているだけであてにならず、レジで精算すれば、
お札は偽札と決めつけて表裏眺め手触りを確かめ、そのおつりは投げてよこす。
失礼千万だと思ったものだった。
わずか7年で少なくとも外観は大きく様変わりした。接客も若干改善した気がする。
だが私が中国人に近づいたのか、彼らが目覚めたのかそれはさだかでない。

ただお札を丁寧に偽札かどうか調べ、お釣りが投げ返される状況は同じである。

Dsc02571

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2008年10月28日 (火)

一時帰国準備

26年ぶりの株価大暴落の日本に、今週末から来週一杯一時帰国することになった。
いざ帰国するとなると結構準備で忙しくなってきた。
日本で話すネタの資料作成やら、みやげものを揃えたり・・
近いといっても、中国の南部からなので成田との距離が2800Kmあまり。
上空はJET気流の影響で、日本に行くのと中国広州に戻るのでは、タイムテーブル
で1時間35分違う、風の影響で冬から春先など2時間以上違うこともある。
幸い中国国内での移動が多いので、飛行時間の2時間や3時間ではまったく
違和感がないが特に日本→広州の中途半端な5時間半のフライトはせまい機内で
過ごす時間配分にとまどう。
映画、音楽、睡眠、食事、飲酒、読書・・機内行動パターンは限定されるがなかなか
熟睡まではできない。
最近はアイマスクと空気枕さらに、機内でスリッパに履き替え快適さを追及している。
経費節減のためエコノミークラスの移動は辛い苦行だが、飛行距離が長い
北米便、欧州便、中東便に較べると、やはり中国、東南アジアあたりはまだまだ近い。
年間4回から5回の一時帰国を繰り返しても、近年中国人化した為かあっさり諦める
部分と、おかしなポイントでむしょうに腹が立つ部分が交錯してきて、実はリハビリが
必要なこの頃である。

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2008年10月26日 (日)

広州起義烈士陵園で歴史を学ぶ

Dsc03345 烈士(革命戦士)の墓

場所は、JUSCOのある中華広場の中山三路と東風東路にはさまれたところ。

その繁華街の一角に広大な緑地がある。

広州発の革命の歴史を記念している、愛国運動基地のひとつである。

入ったことがなく、アパートから歩けるところであるので出かけてみた。

中国の大規模公園は基本的に有料なので、入場料3元を支払い入場した。

モニュメントあり、円形の巨大な革命戦士の墓地があり、博物館ありの

緑の多い都会の喧噪から離れたところである。

炎天下ペットボトルを持ち、身体を動かしながらあちこち眺めていると

ちょうどいい運動になる。中国共産党 抗日戦争参謀総長の葉剣英将軍は

広東省東北部の福建省近くの梅州市の近く梅県出身である。

Dsc03358 葉将軍は、毛沢東主席を支えた八大将軍のひとり

実は、この将軍の生家には4年前の国慶節に行ったことがある。

なかには、広東革命歴史博物館と広州近代史博物館というこじんまりした

建物がある。こちらも入場料を10RMBとられる。この10RMBは価値があると思う。

広東省の革命の歴史は興味深い、林則徐がアヘン戦争に蜂起したのが始まりで、

そのアヘン戦争後の太平天国の乱の中心人物の洪秀全は、広州に程近い空港の

ある花都の花県出身である。

太平天国の乱の犠牲者は4000万人といわれている。そしてやがて孫文の時代に。

孫文は、孫中山といい広東省中山市は、彼の生地である。

中山紀念堂は孫文の偉業を讃えたホールで、街の中心を貫く中山路にある。

1911年の辛亥革命をきっかけに蒋介石が中華民国を成立、1937年から

1938年当時には日本軍が広州を800回も空爆して、10000発以上の

爆弾を落とし5000人が犠牲になった。

そして戦後、1945年9月中山紀念堂で田中久一南支派遣軍司令官が

調印して日本の侵略戦争が終わる。

これが広東省での抗日戦争の勝利の瞬間である。

香港の博物館でも、香港の離島でも同様に日本軍の影を見てしまう。

侵略戦争という愚かな行為をアジア全体に向かって大規模でおこなって

きたことを今更ながら学ぶよい機会を得た。

Dsc03380 広東革命歴史博物館

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2008年10月25日 (土)

交易会会場に行く

今年の秋の広州交易会は、取引品により3回に分けられて11月第一週まで

続くこととなった。

本日はその第二回の初日にあたる。これはぜひ見たい。小生の放浪癖がまたでた。

まずタクシーで越秀公園駅まで行き、2号線地下鉄に乗り一直線30分ほどで到着。

場所は地下鉄 琶州駅が主要な乗降駅だが、交易会会場がなにしろ広大なので

そのひとつ手前の駅で下車しても西側の門と隣接して入場できる。

降りて周囲を見て回るが、国内外からたくさんの人が来ていた。

さすがに華僑の国は商売がうまい。展示会会場だが今後の予定を見るとほとんど

毎週のようにあらゆる展示会をおこなうようだ。

これだけ人を集めれば取引もおおきな金額が成立するだろう。

ここに来ると、世界同時不況という言葉をうっかり忘れてしまいそうだが、

身分証明書をもっていかなかったので、内部には入れず周りを一周した

Dsc03322 越秀公園地下鉄入口

Dsc03326

↓珠江のほとりに、こんな超近代の展示会場が10棟以上並んでいる

Dsc03341

第104回交易会の垂れ幕 Dsc03336

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2008年10月24日 (金)

ピクトグラム

ピクトグラム(Pictogram、ピクトグラフPictographとも)は、

一般に「絵文字」「絵単語」などと呼ばれ、何らかの情報や

注意を示すために表示される視覚記号(サイン)の一つである。

地と図に明度差のある2色を用いて、表したい概念を単純な図として表現される。

Wikipediaより

最近、若干気になる中国式 ピクトグラムを紹介する。

Dsc02574_2視力も測れる文明行為のゴミの捨て方(5☆HOTELの壁)

よくあるトイレ標識(日本料理店)↓

Dsc03317

Dsc03318  露骨だがわかりやすい 男性用は左側に進む

Dsc03319  男性用

Dsc03320 女性用

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2008年10月23日 (木)

緯度と文明の関係

広州の街行く人たちを朝から観察してみた。亜熱帯の暖かい気候なので
いまだ半そでが多い、女性はノースリーブやタンクトップすらまだみかける。
長袖はほとんど見かけず、ましてスーツ姿は皆無。オフィス街ではビジネスマンが
スーツを着ていることがあるが、バスを利用するような街行く一般庶民は、
長袖着用は2%以下とみえる。
日中は気温もさらにあがるので、いまだオフィスは冷房全開。街中を走る
タクシーもエアコンがかかっている。
もちろんデパートも商店も空調が良く効いている。
そういえば、真冬の服装をここ数年は、ほとんどしていないことに気づいた。
たまに日本に出張するときや北京、天津、上海と北上しての国内出張以外は冬が
実感できない。
それも数日なのでまた、生暖かい気候の地だから身体が南方仕様になっている。
この時期で夜になっても暑いときは汗が流れるほどの気温もある。
やはり、ある程度寒くないと身体を守り生き延びる防寒の知恵も生まれず、文明も
発達せずのんびりとした感覚になってしまうのは仕方がないかもしれない。
大陸と島と海流の影響で一慨に語れないが、地図を眺めると同じ緯度で違いが
見えてくる。

長春(吉林省)-札幌
太原-ピョンヤン-仙台
西安-韓国南部-東京
天津-新潟
成都-上海-鹿児島
福州(福建省)-那覇
随分日本は北に位置しているが海流の影響で温暖なことがわかる。
ポイントは米づくりが出来るかどうか、中国中原と日本が同緯度なのは最大の
共通点は主食の米作りに適している気候だからである。中国東北は米には不適。
もちろん緯度だけでなく高度という要素も大切、南米の熱帯でも凍えるような高地で、
冬はこたつが必要なところでの大きな街づくりに見られるが、それは熱帯特有の
病気から身を守る手段であったりする。それと一緒にできないので今回は省略する。

文明と緯度は以前から興味があったのと華南のある広州地方は、
その昔は相当未開の地あったということを聞いていたからである。

寒すぎても暑すぎても文明の発達には影響があるということだと思う。

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2008年10月22日 (水)

広東省東莞市のとある顧客訪問

昨夜上海から広州にもどってきた。
今朝は会社から車で1時間半ほどの、東莞市にある顧客訪問に出かけた。
その会社とはかれこれ8年ほどのつきあいになる。
広州市に隣接する東莞市は、清の時代末期のアヘン戦争で「林則徐」が東莞市虎門
でアヘンを焼いて、英国との戦争がはじまったところでもある。
市の広さは神奈川県とほぼ同じ、ほとんど平地なので土地有効利用が可能。
そこに人口1200万人が住み半数以上が外省人(広東省以外)からなる構成。
そこには、92の工業団地がある。
日系企業も進出しているが、当初から香港からの来料加工目的で工場が
作られていた。
香港資本で工場の製品はすべて輸出するのが前提で、中国国内で消費
できないことになっている。
出稼ぎの安い労働力による工場は、価格競争力がある武器だった。
昨年来の労働契約法の改正と物価高で労働者の賃金も上昇し人材確保が次第に
むずかしくなってきた。
顧客の企業も現地での部品製造だが、携帯電話部品相変わらず堅調である。
工場を集約して若干スリムになってきたが、それでも従業員7000人。
それを日本人出向者50名足らずで管理するのは想像を絶するものがある。
しつけや教育の十分でない田舎からの10代から20代の女性が数千人も社内にいる
状況は想像だに強烈なものがある。
考えられないことが寮でも工場内でも発生して、工場の食堂の壁には違反者名と
違反内容とその処罰内容が大きな掲示板に一杯に貼られている。
聞く限りどこの工場も同じで工員がストレスを貯めて仕事に影響してしないように
運動施設の充実や催しものは欠かせないとのことである。
寮の人たちに会社のパソコンを開放して自由にインターネットまでさせる会社もある。
東莞の工場の場合工員の生活区は工場に隣接していて食堂もある。
いまは各部屋に空調設備もついている。
寮の中でも小さなトラブルはとにかく日常的に発生するらしい。
寮のなかで生活し職場との往復は、歩いて5分ほど。
中国人従業員が道路のむちゃな横断でけがをするので、会社は自力で公道に
立派な屋根付きの跨線橋をかけた。
生活環境は大切だが、1000RMB(15000円)程度の給料で食住完備の
寮に住み、田舎に住む両親に300RMB、500RMBと仕送りをする。

それが弟の学費になったりするという泣ける話も聞く。
そして2年3年と働きお金を貯めて田舎に戻り結婚する。
こうした人の流れが若干変わりつつあるがまだ延々と続いている。
毎年春節には、一斉にその人たちの多くが田舎に向かって帰省するので
交通機関は大混乱となる。
中国は旧正月に家族が全員集まるという古き良き習慣がまだ強く残っている。
ちょうど昼休みにかかり工場から出て、周囲の食堂や小さな店に立ち寄る
おびただしい若い人の群れは、中国の力を感じさせるに十分なものだった。

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2008年10月21日 (火)

上海浦東黄浦江一大オフィス街

上海の街を大きく蛇行して黄浦江という河が流れている。

Dsc03296 浦東オフィスビル群

その河の東側に浦東と呼ぶ地区があり、1990年前半は造船所ありモクモク煙を

出す古い国営工場あり、低層住宅やら畑も広がるのどかな田園地帯であったが、

再開発地区となり、浦東国際空港が1999年にできてさらに急速に開発が進み、

東方明珠塔TV塔のあたりは一大オフィス街に変貌している。

そこにある日系金融関係会社を訪問する機会があった。

そこは金茂ビルの50階にあり東方明珠塔の下の玉の展望台とほぼ同じ高さで

オフィス街を一望できる素晴らしい場所にあった。家賃も相当高いはずである。

最新の森ビルの隣に位置するが、セキュリティも厳しくGATEを通過するには、

身分証明書が必要でパスポートを提示して入門ICカードを受け取る。

そして、駅の改札のようにGATEを通りエレベータホールからエレベータに乗る

という仕組みである。

面談が終わりビルを出て改めて外を見渡すと、高層ビル群がさまざまなデザインで

林立している景色が迫ってきて圧倒される、なにやら異次元空間である。

Dsc03298 左は東方明珠塔 奇抜なビルが競うように林立

Dsc03305_2 話題が多い森ビル(最上階栓抜き状の穴がある)

Dsc03303 金茂ビル(こちらの50Fを訪問)

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2008年10月20日 (月)

上海古北 北朝鮮直営焼き肉店再開

ちょっとマニアには、うれしいお知らせです。

以前本ブログで紹介した北朝鮮直営焼き肉店が厨房修理で

3か月ほど閉店しておりましたが、無事再開しました。

店内も若干改装され、海鮮の水槽も置かれ、きれいになっておりました。

ちなみに、メニューは北朝鮮マツタケ120RMB、イヌ肉鍋のほかは、

ごく普通の朝鮮料理。ほぼ中身は韓国焼き肉店と同じメニュー。

珍しいものとしては、たぶん蜂蜜を入れたと思われる25度の北朝鮮焼酎。

(朝鮮半島では、焼酎を飲みやすくするため蜂蜜をいれることがある)

店員の皆さんは、全員 金日成将軍様のバッチをつけてチマチョゴリ

で焼肉を焼きつつ、いきなりステージでドラムを叩き、ベースギター、

キーボードを演奏し、歌や踊りをきわめて健全な学園祭風に約1時間

披露してくれました。

皆そろって少しの日本語を理解し、中国語は問題なくしゃべれます。

全員音楽関係の学生のようで21歳22歳で、3年期限で中国に派遣

されているとのこと。

本職はどうやら喜び組予備軍のようにも見えますが、当然、彼女らは

喜び組という言葉を聞いても理解しませんでした。

ちなみに現将軍様も、元気とのことでした。テロ支援国家解除の報道

とは無縁な、したたかな北朝鮮の外貨獲得戦略を上海で見ました。

Dsc03257 歌あり、演奏あり、踊りありの学園祭風ステージ

Dsc03254 北朝鮮美人が歌う

続きを読む "上海古北 北朝鮮直営焼き肉店再開"

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2008年10月19日 (日)

日曜午後上海到着

短期出張で曇りの上海についた。本日は定刻の出発。雲海を北上して海から

浦東、浦西、虹橋 と上海の市街を低空飛行して、予定より15分早く到着。

虹橋空港ではTAXIが長蛇の列だったので、静安寺バスターミナル行きの

少々くたびれたマイクロバス(4RMB=65円)でHOTEL方面にむかう。

到着後、南京西路で流しのTAXIがすぐにつかまり夕刻HOTEL到着。

予約時に少し安いから変だと思ったが、4☆の由緒正しい旧館でなく

つくりも、場末ビジネスホテル風の新館であった。ごていねいにユニットバスという

ところまで、日本型ビジネスホテルである。窓を開けたら、隣のビルは会社。

以前札幌すすき野近くに事務所を開き、仕事で盛んに出張していたときの

定宿ホテルを思い起こさせた。

ところで街中でいままで時々みかけ、ほとんど気にせずいたがやっぱり気になる

街の風景がある。

上海もたくさん雨が降るだろう、可動部分をどうやって保守するのだろう。

屋根をつけるとか、雨を防ぐ配慮がなぜないんだろう。保守を考えると

どちらが得なのだろう。

ご丁寧に道路をはさんで、左右の歩道橋の階段脇にひとつづつ。

感性の違いとでも申しますか・・

Dsc03246_2 上は延安高速 歩道橋の露天のエスカレータ

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2008年10月17日 (金)

鈍感力と演技力

昨年の夏、この数年中国の政策に翻弄されてすっかり左前になった、
北京の関係者と話をする機会があった。
日本に戻れば本社で罵倒され、中国でのビジネスは文字通り四面楚歌だが、
中国から逃げることも許されずいまだ戦っておられる方である。

その方に、中国での日々の色んな出来事ですっかり感覚が鈍くなってきた。
と話したところ、渡辺淳一の「鈍感力」集英社刊を読みましたか?
の問いかけられた、そのときまだ読んでなかったので、後日日本に帰国した際に
買い求めて読んだ。ハードカバーだが薄い本なのですぐに読み切った。
最近は、文庫化が早いのでおそらくもう文庫本になっているかもしれない。

改めて思うのは、身体も過敏症でなく鈍いほうがむしろよく、仕事のミスも
過剰に反応して落ち込みつぶれてしまう前に開き直って若干反省しつつも、
素早く立ち直って次をめざす姿勢が大切だということである。
鈍感であればアレルギーもおこさない、寝付きや寝起きもよく、起きてすぐ
行動がとれる。小さなことに気をとられないから心の平静が保て余裕が生まれる。
同じものを同じだけ食べても入院するほど食中毒になる人となんともない人がいる、
これはもって生まれた鈍感力という身体の特性にほかならない。
近年の花粉症などは、その極みである。毎年花粉の飛ぶ季節はお気の毒としか
言いようがない。また蚊や虫に好かれてやたら食われる人も見かける。
小さい頃に日中は野山にいた私などは、いまもそれらの辛さが理解できない。

ただ鈍感が問題なのは、過剰に反応することを期待する「パワーハラスメント系」
の上司の期待に十分答えられないことだろう。何を言っても無駄と言わせない事。
上司のいじめっ子魂に火がつき、意に介さない反応ではキャッチボールができない。
つまり、会社では鈍感力が必要でそれを隠す演技力も併せ必要、表舞台でそれを
うまく使い分けることが出来る人物が真に求められているように思う。
サバイバルゲームのツールとしての鈍感力は、心がけてでも身につけたほうがよい。
当初中国人は鈍感力の塊だと感じたが、天然な人ばかりでなくたくましい中国人は
鈍感力をツールとして商売に使いこなしているようである。
それはある意味で日本人とは比較にならないほどタフである。

本当に鈍感なだけな人と鈍感を演じきれる人でニュアンスが異なるが、鈍感は
損得では得をするほうが多いというお話である。

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2008年10月16日 (木)

朝の通勤エレベータ

中国のそれなりのオフィスビルには必ず貨物専用エレベータがあるが、
個人主義の国であるから貨物専用に人が乗り、人が乗るためのエレベータに
荷物が運びこまれ、大混乱になることは日常茶飯事である。
今朝も乗客エレベータにデスクトップと大型DISPLAYを積みこむやつがいた。
当然、荷物を搬出しやすくするために入口付近に荷物を積み上げ、他の乗客の流れ
を遮断している。本人は目的を遂げようと我先に内部に自分の荷物を積み上げる。
ここで、不思議なのはビル管理も他の乗客も見て「そこの荷物エレベータを使え」
とか「荷物の搬入は通勤時間帯のあとにしろ」とか注意しない。
無関心でいたり、少し迷惑そうだったりするが、その多くは沈黙のままである。
仮に荷物が身体に当ったり、衣服を汚しでもしたら、中国人の怒りの回路が繋がり
烈火のごとく罵声を浴びせるだろうが、それがない限りまるでそこに荷物など
何もないかのように振る舞えるのが理解しがたい。
そこまで無関心でいられる神経がよく解らないが関わりをもつことの煩雑さを考えると
それこそ一番無難な対応なのだろう。
こうして、誰からも注意されない中国人は、黙々とこれからもただ何も考えずに荷物を
運ぶことだけに集中することになる。
ところで「躾」の文字は中国には始めから存在しない。「道徳」とほぼ同義の「品徳」
というものを、いまは小学二年生から教え始めている。
「品徳」と「社会」の題名の教科書がありそれで学んでいる
いまの20代、30代以上の人は「品徳」の教育を中学課程でわずかに触れた程度、
かれらが小さい時期にその手のきちんとした教育がまだなかった。
正規に大学卒業した人でも、学校ではきちんと教わっていないとのことである。
これでいままでの疑問が少し解けた気がする。

「鉄は熱いうちに打て」つまり大人になってからでは、もう手遅れだというお話。

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2008年10月15日 (水)

広州秋の交易会開幕

春秋と年二回の交易会(Trade Fair)が開幕した。
交易会会場に向かうバスが、各HOTELから出発して道路は朝から大渋滞である。
今回は、交易会場がとうとう琶州会場だけになり市内の交易会施設は使われない。
市街から若干離れているので移動が大変である。
私のサービスアパートでも短期滞在アラブ系がいるので、同一フロアのアラブ系に
どこから来たか聞いたところ、イラン人だった。
アラブ、アフリカ系バイヤーは一年中街中で見かけるが、特に交易会時期は多い。
交易会が混雑するのは、海外からのバイヤーだけでない。
中国国内の各省からの役人が、公費を使って考察団を編成して広州に来るので
その分でも街はにぎやかになる。近年は日本のバイヤーが減少してアフリカ系が
台頭してきているらしい。
以前、携帯電話を木綿の大きな袋3袋に詰めて運んでいるリビア人に会った。
聞くと深センの工場で作られている無印の格安GSM携帯はとにかく現地で
売れるらしい。
黒小机という言い方もするが低所得者向け中国国内のみならず海外に
持ち出されていることを図らずも目の当たりにしてしまった。
これも以前街中を歩いていて、怪しいソマリア人に付き纏われて往生した
ことがあった。
バイヤーでもないのに、何か儲け仕事を探しに広州に来たらしい。
特に今回からHOTEL代に異変が起きている。安いチェーンホテルが進出して
300RMB以下でそこそこの宿を提供するので、既存HOTELが少なからず打撃を
うけて、普段の5倍近くつけた値段を数百元ずつ下げているようだ。
こうして交易会に便乗して普段の数倍の宿泊費を請求する不埒な状況は、
ようやく改善されつつある。こんなところでも価格破壊が始まっているのが興味深い。
そして昨夜は、街中で277RMB一泊のプラカードとチラシを配る人にすれ違った。
少し以前では考えられない光景である。中国は確実に変化している。

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2008年10月14日 (火)

中国経営コンサルの必要性

昨日午後は、市内のHOTELで、あるコンサル会社のセミナーに参加した。
その昔は名門大手紡績会社だったが業容を拡大し化粧品、食品と多角経営だった。
業績不振で会社更生法適用中の90年代に大規模な粉飾決算が発覚し、
元社長、会計士が逮捕された。名門企業の没落は、当時話題になった。
主なものは化粧品だけ残ったが、系列で上海でコンサル会社を立ち上げている。
日系企業のための駆け込み寺的コンサル事業は、各社実際に苦労する部分で、
かなり有効である。
董事長自身の中国の事業経験が、改革開放30年と同じく30年以上と
長い。日本企業の中国進出と歩みを同じくするほど経験豊富である。
その名門企業で中国にむけて、長く石化プラントを手がけた方である。
しかも、このコンサル会社の董事長は政府関係と強く繋がり、上海市外商投資
企業協会や各地人民政府開発区の顧問を兼任している。
こういったコンサルが有効なことは、各企業が中国で事業する際に困難に直面する
にも関わらず、本社の無理解と従業員のつぎあげと協調性のなさ、急激な法整備
による混乱、外内上下と四面楚歌となりやすい現地会社経営者の力強い味方となり
相談相手となるからである。
感心するのは、銀行系や日本の留学生、優秀でかつ日本語能力の高い中国人を
引き抜き育成し、現地会社の経営者の目線でしっかりしたアドバイスが可能な点。

このあたりにビジネスの目をつけたのは、中国人を超えたしたたかさを感じる。

コンサルには、特定の資格や許認可は不要であり、設備投資がかからない。

いかに優秀なコンサルを雇い、実績を上げていくかが会社のすべてである。

セミナーは、中国における外資系企業の再編をどう進めるべきか?事例による
実務対策、再編に伴う労務問題とその防止策といった。実務中心の内容であった。
事例は学べても、100の事例に100の対策と結論で参考になるが絶対ではない。
しかし、場数を踏むことやセミナーで視野を拡げておくことは大切なことである。
駐在員の多くは生産や開発部門の人間が立場が変わり教科書も先生もいない
状況下に送り込まれ、追い込まれていく。
駐在員が多い会社だと、スタッフ経験者が送り込まれるが、規模が小さいと
まるで中小企業の経営者のごとく、すべて理解して手を下さないと前進しない。
他国での経営管理の経験を持つ人も稀である。中国が初の海外という人も多い。
魑魅魍魎の中国で会社を経営することは容易ではない。
まして、本社は現地状況はまるで理解出来ないうえ、国内業務で手一杯である。
その状況で、したたかな中華民族に翻弄されてもしかたがないことである。

労働契約法の改正から労働契約法実施条例がこの9月末に施行された。
当社も従業員代表選出やら工会(労働組合)設置といった手順を踏んできた。
従業員規則も今回の法改正に合わせて大幅に見直した。
しかし、変化が激しく自分の身は守らないと呑み込まれてしまうこの国では、
こうしたコンサルの存在は不可欠なもので、お金がかかってもこうした会社に
業務委託することは、結局正しい選択なのだと思う。

中国経済は、世界同時不況の影響で若干陰っているが、かえって物価上昇は
落ち着いてきている。
したたかなこの国は世界の工場としてこの不況で却って力を持ち、不況が収束
するころには一段と力を得て、しかるべき世界の位置にいることだろう。
ぜひ、そのころ当社も撤退などせずに然るべき位置をキープしていたいものである。

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2008年10月13日 (月)

さらばメタボ 体脂肪を燃やす極意

油の多い中華料理をたくさん食べる中国駐在生活が5年ともなり、すっかり
太ってしまった。BMI指数も25に近づきつつある。それに生活習慣病もある。

さらば!メタボリック、マフェトン理論で体脂肪が燃えやすい体質に変貌。
そんな活字が躍る本がある。
宝島社文庫 「決定版 体脂肪を燃やすスポーツトレーニング」
マフェトン理論はフィリップ・マフェトン博士が生み出したもので、エアロビクスに
よる心拍数の少ない運動を続けることで循環系、関節を含めた骨格全体、筋肉、
内分泌系が全体的に機能が強化されることができる。とされている。
これに食生活や日常のストレスコントロールを加える健康増進法が非常に有効と
説いている。 
体脂肪を燃やせる身体とは、運動のエネルギー源が燃えやすい糖分と
燃えにくい脂肪分の2種類があり、筋肉にも脂肪分で動くエアロビック筋と糖分で動く
アネロビック筋がある。それらが相互に働き、初めて体脂肪が燃える身体となる。
脂肪が燃える身体には、疲れにくいエアロビックな状態の持久力が、精神を安定し、
ストレスの耐性ができ、集中力が増す、寝付き寝起きがよくなり睡眠も深くなる。
さらにエアロビック筋を鍛えれば骨格バランスを保ち、けがのしにくい身体になる。
要するに正しい鍛え方を持続すれば、想像を超えた健康な生活が営めるのである。

軽い有酸素運動はウォーキング、軽いジョギング、エクササイズ、ヨガなど持久系
のスポーツがある。
これにウェイトトレーニングや、スプリントの瞬発力が必要なスポーツと組み合わせ
さらに有効になるのだが、有酸素運動により十分にエアロビック筋を鍛えておけば、
無酸素な運動機能を向上させるのにさらに役に立つ。

体脂肪を効率的に燃やす180公式をご存じだろうか?

これは心拍数と密接な関係がある。
220公式という、(220-年齢)*0.6~0.8 の公式がある。
マフェトン理論では、(180-年齢-10)で最大エアロビック心拍数を求める。
もちろん運動経験により、心拍数は変わる。
180-年齢に対して+5から-10の幅で調整すればよく、運動をしてなければ
低めの最大心拍数から運動を開始すべき、有酸素運動はそれを超えない範囲で
おこなうことが肝要。
シャープな体型を作ることで、体重・筋肉量・体脂肪の理想バランスを目指す。
さらに加圧トレーニングなる、やせやすく太りにくい体質に変貌するための
体操がある。基礎代謝量を増やすと、運動しなくても体脂肪は日々燃えてくれる。
このように理論武装してより効率的に身体を鍛えて日々の戦いに備えようと思う。

中国で強いストレスに負けない耐性をもつには、まず身体からというお話である。

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2008年10月12日 (日)

週末の過ごし方

中国の単身赴任の週末、ゴルフでもしないと時間が余って困るでしょう?

実にたくさんの方に、そう言われてきた。

実はご心配に及ばず、時間が足りないほどやることはある。

まず、基礎体力をつけるアスレチックジム。

比較的長身で、猫背になりがちで姿勢が悪かったので、それを矯正しつつ、

筋肉トレーニングで無酸素運動とトレッドミルで有酸素運動。

これを週末に2時間から3時間おこなう。(40RMBで無制限)

おかげで背筋が伸び筋肉もついてきて体力もつき、だいぶおなかがしまってきた。

あとは、リュックを担ぎとトートバッグ持参でバスに乗って遠くの日系スーパーか

近所の台湾系スーパーまで歩いて買い物。

週末まとめての洗濯とアイロンがけもある。アイロンがけも貯まると手間である。

MACでは本も読むし、NHK中心だがテレビもよく見る。

自炊設備付きアパートなので週末は一日ほぼ三食分料理をすることもある。

バスに乗り、市内でも名前しか知らないところに実際に行ってみることもある。

さらに気が向けばバスに乗り、近くの山の麓まで行き山登り、茶屋で茶を飲み

豆腐を食べる。山のなかの寺など見どころは意外にある。山で丸一日は遊べる。

さらに近所まで足を延ばしての足裏マッサージ、全身按摩で3時間。

そして週末に片づけなければならない報告や気になる仕事も片付ければ、

あっという間に日曜の夕方になる。

つまり、ひとそれぞれの楽しみ方があり、酒が飲めないと面白くないとか、

タバコを吸わないと落ち着かないとかのご意見は、人それぞれであるから、

そんなものが無くても十分楽しめるというお話である。

ゴルフの身体を動かしての適度の緊張感と爽快感を否定する気は毛頭ないが、

歳を重ねても出来そうなスポーツなので、その気になってからでもいいかと

個人的には思ってしまうのである。

それに昨今ゴルフ接待などしては、会社業績に貢献してくれないどころか

大変なコンプライアンス違反になる。あくまでも趣味の域から逸脱しない方が

いいらしい。

Dsc03156_2 階下のMAC店内・・ジム帰りに立ち寄ることが多い

Dsc03157_2 MACのMENU (SET料金は、割高)

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2008年10月 9日 (木)

QQ (チャット)の現実

勤務時間中に、ニヤニヤしてパソコン画面を食い入るように眺めている場合は、

例外なくチャットをしている場合が多い。

勤務時間中におこなっている場合は、従業員規則